ミミル視点 第25話(上)
街に出て最初に連れてこられたのは、食事を提供する店。その窓際の座席で、私はいま胡麻を摺っている。
料理を注文すると、しょーへいの手のひらに収まるくらいの小さな器と木の棒を給仕係の女が運んできたのだ。
『これなに?』
尋ねてみると、スリバチとスリコギという名前らしい。
スリバチには胡麻の実が入っていて、スリコギを使ってすり潰すのが食事前の準備なのだそうだ。
左手で動かないようにスリバチを抑え、右手のスリコギで胡麻をすりつぶしていると器から香ばしさと甘さを含んだ、なんとも言えない美味そうな匂いが漂ってくる。
これの匂いだけで腹が減ってくるな……。
そういえば、この店に入るとき、前に立つだけで開く扉があった。あれも魔道具なのだろうか……。
私にはその仕組みが理解できないのでしょーへいに尋ねるとジドウドアと呼ぶ魔道具らしい。ただ、その先はまた家に帰ってから教える……だ。
もう帰ってから教えるばかりで、いったい何のために『あれ』、『これ』と『なに』を覚えたのかわからんではないか……。
そう言えば、センタクキのこともまだ詳しく教えてもらっていない。
まだ教わっていないことを私は覚えているからいいが、しょーへいは何を教えないといけないかしっかりと覚えているのだろうか――怪しいものだ。
考えると少し腹が立ってきた。すり鉢の中の胡麻が面白いくらい粉々にすり潰されていく。あ、力の入れ過ぎか……。
胡麻も充分すりつぶし、時間つぶしに窓の外を眺める。
大きな石、粒の小さな白い砂利が敷き詰められていて、そこに何やら模様が描かれている。料理を出す店の建物の中に庭があるというのも不思議な話だが、こうして待っている間に眺めるのには丁度よい演出だ。
この世界の者たちは客に色々と気を配っているのだな。
暫し庭を見て心を落ち着けていると、給仕係の女が料理を運んできた。
目の前に茶色いスープと、白い――米を煮たもの、緑の野菜を煮たものが並ぶが、特筆すべきは中央に座する褐色の物体であろう。葉野菜を刻んだものを背にし、いかにも自分が主役であると主張するように横たわっている。
主役の料理からは油の香りがふわりと立ち上り、私の食欲を刺激する。
『これ、なに?』
『ぶた、あげた、トンカツ、なまえ。スリバチ、ソース、いれる、つける』
先ほど擂りつぶした胡麻の中に、ソースとやらを入れ、それをつけて食べるのだな。
しょーへいが私のすり鉢の中にソースを入れてくれる。
なにやら香辛料の香りと酸味のある香りが漂ってくる。これもまた食欲を唆るな……。
「すまんな」
『どういたしまして』
しょーへいはこういった気配りができるのが嬉しいところだが、センタクキやジドウドアのことを教えるのを忘れていたら褒めたのも台無しだぞ?
さて、いただくとしよう。
昨夜と同じように2本の棒を握り、突き刺して食らうっ!
食べやすいよう、先にひと口大に切ってあるのがありがたい。
サクリと軽い音を立て、2本の棒が衣の防御膜を破り、本丸である豚肉にその先が届く。繊維質な鳥の肉と違い、この豚の肉は結構な硬さと弾力があるな。だが、少し力を込めれば埋もれるように木の棒が食い込んでいく。
間髪入れずに持ち上げ、すり鉢の中に入れてソースを付着させると、大口を開けて齧りつく。
揚げた油の匂い、脂の甘い香り、赤身肉の香りと香辛料の香り――これらが口の中にパッと広がると、衣のサクリという音が聞こえる。肉を噛みちぎると断面から閉じ込められていた甘味と旨みを含む熱い肉汁がじゅわりと溢れ、私の舌を包み込んで――。
「――あちゅい、うばい!」
口の中にモノを入れたまま喋ってしまうとはなんとも下品なことをしてしまったが、美味いのだから仕方がない。
『あげたて、うまい』
しょーへいも理解してくれているようだ。そうだ、熱々だからこそ美味いのだ。
これが冷えてしまっては恐らく更に固くなってしまうだろう。
「うむ、熱々こそ至高――ん?」
なんだ、しょーへいの皿には違う形の〝トンカツ〟があるではないか。なぜ違うものを食べている?
『それなに?』
『ぶい、ちがう。これ、あぶら、すくない、やわらかい』
なんだと?
「ひと切れもらうぞ!」
握った木の棒でしょーへいの皿の上にあるトンカツを突き刺し、確保する。
何もかも家に帰ってからとしか返事しないしょーへいが悪いのだ。
しょーへいは一瞬驚いたように瞠目するが、すぐに目を細めると、なにか納得したように食事を再開した。
これって、私が食いしん坊だと思われてないか?
まあ、返す気はないのだが……。
この世界に来て初めて食べるトンカツなのだから、どんな味がするのか気になるのだ。
それに、「柔らかい」と言われるとだな……つい、つい……試したくなるだろう?
なんだ、また慈愛に満ちた視線で私を……わ、私は子どもじゃないぞ!






