第397話
パートの2人がティラミスを食べる間、俺とミミルは撮影が終わったばかりのボネをいただくことにした。
俺の立場からすると、店で出す商品の味を確認するのも仕事のひとつだ。こういうときのミミルの立場を例えるならアドバイザーとでも呼ぶのだろう。
「……にがい」
ミミルが泣きそうな顔をして言った。とても経験豊かな128歳の女性には見えない。
一般に売られているお菓子の類――クッキー生地にチョコレートを塗ったもの、ビスケットにチョコレートを塗ったものなど――はコンビニで買ったりしていたのでミミルも食べたことがある。だが、仄かに苦いがプレーンなアーモンド風味を楽しめるアマレッティに、ココアパウダーとラム酒、グラニュー糖を加えたボネはしっかりと甘いが、苦味もある。
「見るからに大人の味って雰囲気したはるもん」
「ええ、ほんまに」
吉田さんの言葉に、中村さんが続く。
年齢や経験などもあるのかもしれないが、どこか上下関係のようなものができているような気がする。
まあ、俺よりも年上の女性というだけで、信頼感があるだろう。初めて接客業のパートをする中村さんとしては頼りになる人生の先輩といったところなんだろうな。
「えらいあっさりしたはるねえ」
ティラミスを食べた吉田さんが感想を述べた。
「ええ」
感想を言うのも吉田さん、中村さんは追従するだけという雰囲気だ。
デパートや洋菓子店で出すティラミスは昔ながらのレシピからアレンジされ、スポンジやカステラ等を使ったもの、抹茶、イチゴなどを使ったものが多い。そういうものを食べなれていれば、少し物足りないのも理解できる。
「このティラミスは伝統的なレシピで作っていますし、食後を意識したドルチェなので少し控えめになっています」
「そうなんやあ」
「へえ」
商品の特徴として覚えてもらうべきだと思い、俺から店のティラミスの説明をした。
甘味処やカフェなどのようにどっしりと甘いものを目的に食べに来るお客さんにはしっかりと甘いものの方が良いが、うちの店はダイニングバルなので食後のドルチェとして出すことになる。
だから田中君はティラミスは甘さを控えめにし、ボネは苦味を残している。おそらく、このあと撮影するバスク風チーズケーキやカタラーナも甘さは控えめにしているはずだ。
「とりあえず、他のドルチェも基本は甘さ控えめです。メニューにも書きますが、お客さんにはそう伝えるようにしてください」
「はい、わかりました」
口にティラミスを頬張った田中さんが頷くと、今度は中村さんが返事をした。
今度は中村さんが代わりに返事をしたように見えた。
なんだか不思議な関係だ。
2人とも結構な勢いで食べているが、そろそろ小学校の授業が終わって子どもたちが自宅に帰ってくる時間だからだろう。
ギアを変えて食べる速度が上がった2人は、あっというまにティラミスを食べ終えた。
「お先に失礼します」
と言って家路へと急ぐ2人を見送り、俺は田中君が作った他のドルチェの撮影に戻った。
パンナ・コッタ、カタラーナ、バスク風チーズケーキ、チュロスと順に撮影をしていく。
「たべない、ミミル、収納する」
「ダンジョン用の皿に移して、他の人に見えないようにやってくれ」
「さら、しょーへい」
「あ、そうか……」
ダンジョンの野営道具は俺の空間収納に仕舞った。
ミミルが独りでダンジョンに入るときは素材収集などが目的だし、第2層のように広いところでも空間魔法で出口指定しておき、空を飛んで移動できるので野営する必要がないからだ。
「そうだったな、すまんすまん」
俺は厨房の2人に見えないよう、背中を向けて空間収納を使った。
仕舞うのは対象物に触れていればできるので簡単なのだが、取り出すときは収納しているものがリスト状になって次々とスクロールしていくような感じだ。取り出したいものがでてきたら瞬時にそれを意識して手で掴む……という感覚で使用する。
収納品リストは日本語で思い浮かび、魔物のドロップ品は片仮名で浮かび上がってくる。俺のスキルはエルムヘイム共通言語のⅢだから、専門的なことも含めて話すことができるが、読み書きはできない。エルムヘイム共通言語で使われるルーン文字でなくてよかった。
間違ってキュリクスの肉を取り出したりすることもなく、無事に割れない食器を取り出してミミルの前に置いた。
ミミルは撮影を終えたドルチェを恐ろしく丁寧に移し替え、自分の空間収納へと仕舞った。
「……これだけ?」
「ああ、今日のところはこれだけだよ」
「……ん」
ミミルが呟いた声が小さく、とても残念そうに聞こえた。
現実的にはボネなら8個くらい作っているだろうし、パンナ・コッタも5個、バスク風チーズケーキは4個は作っていると思う。
でもそれをミミルに教えると、全部もらっていこうとするだろう。
裏田君は事情を知っているから良いのだが、田中君は何も知らない。彼女が作ったドルチェが開業前なのに一晩で全部なくなってしまうとなると間違いなく不審に思われる。
裏田君と相談して、残ったものを彼が持ち帰っていることにでもしようかな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






