第395話
「料理は2皿ずつあるから、写真を撮り終わるまでの間に取り皿にでもとって食べていいぞ」
ペスカトーラ、茄子のトマトソース、カルボナーラを一皿ずつミミルが座っていたテーブルの方に持って移動する。裏田君がすぐに取り皿やカトラリーを取りに走って行った。
「ミミル、手づかみはだめだ。田中君、悪いが取り分けてやってくれないか?」
「……むう」
ミミルが頬を膨らませ、俺に鋭い視線を向けた。自分でも取り分けることくらいできるとでも言いたいのだろうが、少なくとも田中君の方が接客慣れしているし、上手にやってくれると思う。
田中君も「はい」と返事をすると、裏田君が持ってきたフォークを使って取り皿へと取り分けていく。
料理を受け取ったパートの2人も椅子に座ってミミルと共に「いただきます」と言って食べ始めた。
一気にテーブル回りが騒がしくなった。
三脚を手早く組み立て、カメラ、レリーズを取りつけて撮影を始める。
元々は南欧にいたときに観光地へと足を運んで写真を撮っていた。折角、世界遺産に登録されるような街に行くというのに、ただシャッターを押すだけではつまらない。やはり良い写真を残したいと思い、写真のテクニックなどを説明した本などを何冊か読み漁った。だから、被写界深度や各種の構図のような写真のイロハは知っている。
日本に戻ってからの話だが、「料理写真のコツってあるんですか?」と、ホテル専属のカメラマンが季節のメニューを撮影しに来た際にたずねたことがある。
〝旅館やホテルのコース料理のような全体を撮らないといけない写真と、メニューに載せるような写真では撮り方が変わってきます。でもまあ、大事なのは「とにかく影を上手く使うこと」ですね。影がはっきりとしている方が立体感が出て美味しそうに見えます。そのためには本当は自然光を使って撮る方がいいですよ〟
聞いた話をもとに、逆光にならないように、でも適度に影が出て立体感の出る場所にカメラを置く。複数の料理を並べて撮るのではなく、1品ずつ入れ替えながら撮っていく。
レリーズのボタンを押すと、電子音が鳴って、直後にパシャリとシャッター音がする。
撮ったばかりの写真を背面の液晶で確認し、絞りを変更してまた1枚。続けて1枚。
ミミルが興味深そうに俺の作業を見ているが、何をしているかくらいはスタッフが教えてくれるだろう。
「オーナー、厨房に置いてあったタコとかベビーリーフはどうしはるんです?」
「ああ、サラダを忘れてたよ。ベビーリーフを皿に敷いて、そこに戻したワカメ、乱切りのタコとプチトマトを並べてイタリアンドレッシングを掛けるだけなんだけど。やってくれるか?」
「はい、行ってきます」
速足で、途中から少し小走りに厨房へ向かった裏田君だが、2分もかからずに戻ってきた。
食材は先に用意していたから、あとは盛付けとドレッシングだけだから時間的にはこんなものだろう。
2つの大皿に分けて入れてくるところはとても気が利く男だ。
慌ただしく4品50枚ほどの写真を撮ったところで、俺も食事の輪に加わることにした。
すぐに食べられるようにと2皿ずつ料理を作ったが、最初の1皿はあっという間に平らげてしまったようで残っていない。もちろん田中君が丁寧に取り分けてくれたのでミミルが独占する、なんてことはなかったので少しホッとした。
丁寧にも最初の1皿も6人で分けてあるらしい。確かにその方が均等に食べられる。
少し冷めてしまったペスカトーラのタリアテッレをフォークに巻きつけ、歯先に輪切りのイカを突き刺して口元に運ぶ。
多めに入れたニンニクの香りが漂うのを感じながら口に入れると、魚介の旨味をたっぷり吸ったソースからエビやイカの香りが遅れて広がる。モチモチとしたタリアテッレ、むっちりと弾力のあるイカの身を噛みしめると魚介の旨味が舌を蹂躙する。
魚介の濃厚な旨味が口いっぱいに広がった余韻に浸り、次はタコとワカメ、キュウリのサラダにフォークを突き立てる。和風の「タコ酢」をサラダにアレンジしたものだ。酸味のあるドレッシングが魚介の旨味で支配された口の中を洗い流してくれた。淡白なタコとポリポリとした食感のキュウリを噛んでいると自然と舌が休まる。
「味はどうだ?」
「……うんまい」
ペスカトーラを口に入れて、いつものように頬をいっぱいにしていたミミルにたずねた。
丁寧に殻を外したエビが載っていたが、田中君が剥いてくれたのだろう。不用意に殻付きで出したら頭から食べそうだし、今後は気をつけよう。
「どないしたらこんな味になるんやろ?」
「さあ……」
吉田、中村のパート組が話している。
彼女たちが食べているのは茄子のトマトソース。
日本ではシチリアーナと呼ばれることもあるが、イタリアでシチリア風のパスタといえば鰯とオリーブなどを使ったものを指す。
ニンニクの香りが残るトマトソースに絡んだタリアテッレを手繰り、茄子をフォークの先に刺してくるくると巻き取る。口に迎え入れて咀嚼すると茄子がとろりと溶けてなくなり、旨味を含んだ汁が溢れ出す。茄子が吸ったオリーブオイルは酸味を残したトマトがさっぱりと洗い流していく。とてもうまくできたと思うんだが、ミミルのご意見はどうかな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






