第393話
2人とも子どもの年齢がミミルの見た目年齢と近いことで、2人のどちらかが子どもを連れてきたいとか言い出すのではないかと俺は心配していたのだが、杞憂におわったようだ。
さすがに出勤初日でそれを言いだすということはないようだ。
「さて、次はカプチーノの作り方です。結構難しいので、よく見てくださいね」
2人に声を掛け、カプチーノの作り方を実演する。
ピッチャーにミルクを入れ、先ずはスチームを空ぶかしする。
「ノズルに水が溜まっていると薄まってしまうので、必ず最初に空ぶかししてください。次に、ノズルの先端をミルクの表面辺りまで差し込んでレバーを引きます。この時、ピッチャーを斜めにしてミルクを対流させてください。対流させることで大きな泡が潰れます」
ピッチャーの中を覗き込みながら、パートの2人がメモを取っている。書く時間がなくて申し訳ないが、俺はすぐに次の工程に進んだ。
「お風呂くらいの温度になってきたら、ノズルを中ほどまで差し込みます。泡に艶が出てきたら出来上がりです」
スチームは高温の水蒸気なので、あまり長くミルクの中に入れているとミルクが薄くなってしまうし、70℃を超えると甘味が消えてしまう。
その点にも注意するように伝えつつ、俺はカップに注いだエスプレッソの上にフォームドミルクを流し込んだ。手本をみせると言って作っているので失敗はしたくなかったが、うまくできたと思う。
俺は、出来上がったカプチーノをひとくちだけ飲んでみせた。
「いやっ、えらい違うもんなんやねえ」
吉田さんがカップの中を覗き込んで感想を述べると、入れ替わるように中村さんが覗き込む。
「……ほんまや」
「カフェラテとの大きな違い、わかりました?」
「エスプレッソの上に、分厚いフォームドミルクが浮かんだはる感じ?」
目の前でカップの中を覗き込んでいた中村さんが答えた。
泡の断面を見て感心する2人だが、今後はこれを作れるようになってもらわないといけない。
「そのとおりですね。では、ここからはフォームドミルクを作る練習をしてください。作り方はさっきレクチャーしたとおり。最初に空ぶかしをしてからミルクの表面近くにノズルを入れて対流させながら泡を作っていきます。ミルクが暖かくなってきたら中ほどまでノズルを入れて加熱します。泡に艶が出てきたらできあがりですね」
「「はい」」
言葉で言うのは簡単なのだが、実際にやってみると難しいので2リットルほど牛乳を無駄にするかもしれないが、しようがない。
「賄いの準備をするので俺は厨房に入ります。2人はフォームドミルクの練習をお願いします」
2人から返ってきた「はい」という言葉を聞いて、俺は厨房へと移動した。
厨房に入ると、クッキーを焼くような甘い香りが漂っていた。オーブンの天板の上には表面が粗い半球状のクッキーがずらりと並んでいて、ほくほくと湯気を立てている。
「アマレッティかな?」
「ええ、ボネ作ろと思てますから。アマレッティが冷めるまでの間はパンナコッタを作ってます」
田中君が返事をした。
アマレッティはほんのりと苦いアーモンドクッキー。アーモンドを使うからアマレッティという名前――ではなく、苦いという意味の〝amaro〟に由来する。北イタリアのピエモンテ州の郷土菓子だ。そのアマレッティを砕いてココアパウダーやラム酒、砂糖を加えてオーブンで焼いて作るのがボネだ。
白いパンナコッタと、チョコレート色したボネの二種類のプリンができることになる。
「裏田君はいま何をしているのかな?」
「とりあえず、魚の仕込みが終って、いまはトマトソースとカポナータを作ってます」
「了解。そろそろまかないを兼ねてパスタを打つけどいいかな?」
裏田君が「お願いします」と言って、頭を下げた。
パスタは主に裏田君が担当することになると思うが、開店前の賄いなのでそこまで気を遣ってもらわなくてもいいのだが……律儀な男だ。
さて、パートの2人の研修を始める前に打ったパスタ生地は既に1時間ほど寝かせている。なお、ピッツァ生地も作っているが、そちらは絶賛発酵中だ。
事前に用意したパスタ生地は2キロほど。半分の1キロをタリアテッレにし、残りは夜にでも使うことにする。
丸めてあった生地を半分に切ると、麺打ち台の上に打ち粉をして麺棒を使って細長く伸ばしていく。パスタマシーンに入るくらいの大きさにまで伸ばしたら、パスタマシーンをつかって薄く伸ばしていく。
つい分厚い生地を急いで薄くしようと無理に目盛りを小さくしてしまいがちだが、それをすると生地に穴が開いたり、千切れたりする。面倒だが、ひと目盛りずつ薄くなるように伸ばしていくのが正解だ。
最後に幅6ミリに切れるカッターを入れて麺にする。くるくると回すだけで簡単に麺ができてくれるのはありがたい。これならミミルにもできるだろう。やらせてみたら楽しそうに作るような気がする……なんて考えてみるが、お客さんに出すものを作らせるわけにはいかない。
無事、幅6ミリのタリアテッレが500グラムほどできたところで寸胴に湯を沸かしつつ、俺は冷蔵庫を開いてソースを何にするか考えることにした
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






