第25話
昼食はとんかつ屋にすることにした。とんかつソースに摺り胡麻を混ぜていただく店だ。
最初に自動ドアで「これなに?」の出番となったが、これも電気の力で動くものなので「帰ったら説明する」で済ませる。
まだ電気のことを説明していないし、説明している間は誰がどうみても俺が独りで美少女に語りかけているようにしか見えないはずだ。不審に思われる要素は可能な限り排除したい。
さて、この店は注文すると最初に小さなすり鉢が出てくる。料理が出てくるまでの間に胡麻をすっておけるようになっているのだ。
「なに?」
尋ねられるのもわかっているので、目の前で胡麻をすってみせ、説明する。
慣用句として出てくる胡麻を摺るという言葉も教えておくほうがいいかと考えたが、まだそこまでうまく説明できる気がしないのでやめておいた。
そこからは、ミミルは母国語――異世界語を連呼しながら食べていたが、途中で俺の分を一切れ奪ったうえで、自分の頭の大きさほどある量をぺろりと平らげた。
いったいこの小さな身体のどこに入っていくのだろうと不思議で仕方がない。
ゆったりとしたワンピースだから、ぽこりとお腹が膨らんでもわからないのかも知れないが、いずれにしてもよく食べるということだけは理解できた。
食事を終えると、次は服屋だ。
ミミルは身長が一四〇センチ程度しかないので、大人用の女性服はサイズがない。女性の店員に相談してみたが、どうしても子ども用の服になるらしい。
とはいえ、お出かけ用の小洒落たワンピースなどを試着させると、その容貌もあってとても似合っている。
思わず全部買ってしまいそうになるのだが、さすがに普段からお出かけ用の服を着ているのもおかしいので、洒落たものは一枚だけにしておいた。
『ショーヘイ、だんじょん、ふく』
着替えも含めて数着を選んでいると、ミミルが俺に声をかけてきた。
ダンジョン用の服を用意しろということだろうか?
昨日、ダンジョンに入ったときは普段着――長袖のTシャツにジーンズ、スニーカー。
いまも似たようなものだが、この格好であのツノウサギの突撃をモロに受けたらやばいだろう。
当然避けることが大前提だが、ある程度は防御の事も考えた服装が必要かも知れない。
「ああ、そうだな。ついでにちょっと見てみるか」
実はこの服屋の近くにミリタリーショップとしては有名な店がある。
実にカジュアルな組み合わせで数セット、会計を済ませて店を出る。
ミミルの服だけで大きな紙袋が三つもあるのでたいへんだ。
◇◆◇
ミリタリーショップは、服屋のすぐ近くにある。
土産物を扱う店などが多く並ぶ中で、一種独特の雰囲気を醸し出しているのでその存在は知っていたが、中に入るのはこれが初めてだ。
『これ、いい。あと、これ』
傍目には物珍しそうに小学生くらいの少女が商品を見ているように見えるが、ポンポンと俺に買うべき商品を選んでくる。
といっても、いまのところはブーツしか合格がでていない。
『かむ、おおい。くつ、だいじ』
ブーツを選ぶのもちゃんとした理由があるようだ。それではプロテクターなんかも用意したほうがいいのだろうか?
「これなんてどうだ?」
脛のあたりを保護するためのプロテクターと、膝や肘を保護するプロテクターを持って見せる。
『じゃま、いらない』
選んでいるのは編み上げタイプのブーツばかりだから、確かに脛のガードは必要ないし、膝に装着しても魔物から届かなければ必要ない。それこそ膝蹴りでもするなら必要かも知れないが、ツノウサギでさえ膝蹴りが必要なほど大きくない。
こちらの売り場にはポリカーボネイト製の盾なんかも売っているが……。
『いらない』
また一蹴されてしまった。この盾で耐えられない魔物が出てくるという意味だろう。
いや、自動車や自転車、自動ドアが存在しない世界なのだから、ポリカーボネイトやケブラーのような素材を知らないだけかも知れない。
せめて、防刃性が高いケブラー製のTシャツくらいは手に入れておくことにしよう。この店では売っていないようだから、ネット通販かな。
結果、何足か履き比べ、編み上げブーツを一足選んで購入した。汚れたり血がついたりするので、色は黒。つま先に金属の補強が入っていて、靴底は厚みのある飴色のものを選んだ。
商品を受け取り、店を出る。
ミミルの服と、俺のブーツで俺の手はもう何も持てる状況にない。
とりあえず紙袋三つを地面に置くと、ミミルが呆れたような顔をして話かけてきた。
『にもつ、もつ』
紙袋の中身を空間収納に入れてしまったのか、いま買った靴が無くなっている。
紙袋はひとつだけ中身が入っている状態で、ミミルが空になった袋を折りたたむ。
いきなり荷物が全部なくなるのも変なので、気を利かせてくれたのだろう。荷物をまとめるように収納してくれた。
「ありがとうな」
ポンとミミルの頭に手を乗せて優しく撫でると、ミミルは慌てて一歩引いて顔を赤くする。
『こども、ちがう』
上目遣いで怒られた。
身長的にも手を伸ばしやすいし、別に子ども扱いしているわけじゃないんだけどなぁ……。






