第382話
炒めたリュークはタマネギと同じで甘い香りを口いっぱいに広げる。油で揚げたようにほっこりとしたジャガイモ、トロリと煮えたズッキーニの食感を楽しい。シンプルに塩と胡椒だけで味付けした料理だけに、それぞれの野菜が持つ甘味をしみじみと味わえる。
追いかけるように辛口のワインを口に含むと、酸味が口の中に残ったオリーブオイルを洗い流してくれるので、またフォークを手にしてアラゴンフライへと伸ばしてしまう。
〈他の料理はどうしたんだ?〉
〈やっとひとつの目標を達成したんだ。今日はのんびりさせてくれよ〉
〈ふむ、空間収納がしょーへいの目標だったのか?〉
〈いやいや、最終的にはこのダンジョンの最深層まで行くのが目的だよ。だけど、漠然と遠くの目標だけを見て進むよりも、近くで手が届きそうなところに小さな目標を見つけていく方が現実的だろう?〉
〈まあ、わからんでもない〉
ミミルは少し呆れたように溜息を吐くと、アラゴンフライを口に入れる。
肉が入っていないと文句を言っていたが、野菜の甘味がしっかりと出ているので気に入っているようだ。
その姿に少し安心した俺は、ミミルに考えていたことを相談することにした。
〈ミミル、せっかく俺も空間収納を覚えたことだし、これからは野営の道具と食べ物は俺が管理した方がいいか?〉
もぐもぐと口の中のものを咀嚼し、最後に白ワインを流し込んでミミルが顔を向ける。
〈すべてである必要はないだろう。私がひとりでダンジョンに入ることもあるし、その際に食べるものがないというのも困る〉
〈ああ、それもそうか……〉
食材のすべてを俺が管理してしまうと、ミミルがひとりでダンジョンに入るときに困るわけだ。
〈ミミルは料理は……〉
ハムスターのように口いっぱいにアラゴンフライを詰め込んだミミルを見て、「料理ができるのか?」とたずねるのを止めた。肉を焼いて食べる、とだけ返事が返ってくる気がするからだ。当然、食べられる大きさにカットして焼くのだろうが、俺が調理するように網を使ったり、竈門を作ったりはしない気がする。
〈――ん?〉
〈いや、あとでもう一度教えてもらうよ〉
〈ん……〉
口を開けることもできないくらい詰め込まなくてもいいだろうとは思うが、左右の歯で均等に噛むという習慣は非常に大切なので言葉に悩む。
〈とりあえず、空間収納の使い方を教わりながら片づけをするとして、ミミルがひとりでダンジョンに入るために必要な食材や道具があれば仕舞ってくれよ?〉
〈了解した〉
返事も早々にミミルが残ったアラゴンフライを口に運ぶ。その姿を横目に、俺はそろそろ料理を始めることにする。
肉だ、肉だとミミルがうるさいので今回もキュリクスの肉を焼くことにする。在庫がかなり減ってきた気がするが、第2層でも入口に近いところにいる魔物なのでいつでも狩りに行けるから問題ない。
サーロインの塊を手に取って2センチほどの厚さに切り、背中側についた脂身を切って成形、塩胡椒をしておく。また、無塩バターを30グラムほど用意しておけば準備は完了だ。
成形時に出た脂身をフライパンに入れ、簡易コンロにかけて溶かしていく。フライパンの表面に溶けだした脂が溜まり、馴染んできたら肉を入れて片面をしっかりと焼いて固める。片面が焦げるくらいまで焼けたら、フライパンを焚火の上に移動して肉を裏返す。余熱で裏面をしっかり焼きつつ、弱火でじっくりと中まで火を入れる。あとは頃合いを見て再び裏返し、逆からも中まで火を通す。ダンジョン内にはウィルス、細菌の類は存在しないので生でもいい。でも適度に火を入れた方が旨味が活性化するから、火は通したいんだよな。
焼けたキュリクスの肉を取りだして、チャンボッタと共に盛り付けたら少し休ませる。
そのあいだにソースの用意と、パンの準備だ。
プティ・バタールをアルミホイルに包み、必要以上に焼けないように焚火台の上にある網の端に載せて温める。
フライパンの中に残った肉汁に、バルサミコ酢を加えて簡易コンロで煮詰め、3分の1くらいの量にまで減ったらコンロからおろし、無塩バターを入れて余熱で溶かして混ぜ合わせたらソースのできあがりだ。皿の上で休ませているキュリクスのステーキに出来立てのソースを掛ける。店で出すならアーリオ・オーリオで炒めたほうれん草やベイクドポテトなどを添えたりするのだが、ダンジョン内では流石にそこまで凝ったこともできない。まあ、身内で食べる分にはそこまでこだわる必要もないだろう。
ステーキが載った皿をミミルに差し出すと、キラキラと瞳を輝かせつつ、ごくりと涎を飲み込む音が聴こえた。
「――いただきます」
カトラリーケースからナイフを取り出したミミルが、自発的に食材への感謝の言葉を述べた。
俺は声には出さないが、ミミルの成長を見つめているようで何だか嬉しくなってくる。ミミルが食べることに集中しているので、俺の頬が緩んでいても気づかれないのは幸運だと思う。
とはいえ、ぼんやりしているわけにもいかない。
焚火の上で温めているアルミホイルを手に取り、中で温めていたプティ・バタールを取り出して適度な大きさにカットしたら、それをまたミミルの前に差し出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






