第380話
手に持った印象は、以前に手に入れた卵と変わらない、と思う。前回ラウンの卵を手に入れたのは第2層にいたときのことだし、正直あまり覚えていない。ただ手に収まる感じや大きさ、重さは鶏卵と大差がないので模様以外には違和感がない。
手のひらに載せて俺が卵を矯めつ眇めつ眺めていると、ミミルが焦れたように言う。
〈早速使ってみるといい〉
〈そうだな〉
幾つも持ち運んだからといって、あたりを引く確率は変わらない。ミミルの事例を考慮すると、例え30個あったとしても、その30個が全てハズレである確率の方が、あたり1個を引く確率よりも高いのだ。
前回同様、俺は両手で包み込むようにラウンの卵を持ち、両手の中にある空間に魔力を放出した。
手の中が暖かくなり、次第にその熱が卵に吸われるように流れ込んでいく。
前回と比べ、俺自身が扱うことのできる魔力量が増えたのか、それとも魔法に慣れることで扱い方が上手くなったのか……詳しくはわからない。前回、空間魔法を覚えたときより多くの魔力が卵へと流れ込んでいることが自分でもわかる。そして、前回は白く明るい光が指の隙間から溢れ出してきたが、今回は違う。前よりも何倍も明るく輝いているし、白いだけでなく時折金色や7色に変化している。
〈しょーへい!!〉
〈ああ、手ごたえを感じる〉
やがて、手の中で溢れ出ていた光がゆっくりと小さくなり、消えた。
〈すごいすごいっ!! しょーへい、これはあたりに間違いないぞ〉
〈お、おう……〉
ミミルは何やら興奮しているようだが、俺はというとどこか冷めたような目で卵を包むように持っていた自分の手を見つめていた。
俺はパチンコや競馬はしないのだが、テレビで深夜に放送されていた番組で観たパチンコの確定演出というのを見たことがある。そして、俺の手の中にある卵から出る光がその確定演出のように見えたのだ。なんだか必要以上に期待感を煽られているようで、逆に冷めてしまった。
これがミミルのように30個目だったりすると大喜びしたかもしれない。
ともあれ、そっと手を開いて中を見ると、卵は跡形もなく消えていた。
〈終わったみたいだ〉
〈うんうん、すぐにでも技能カードを見てみるといい〉
〈ああ、うん……〉
メモ帳が入っている尻ポケットではなく、胸のポケットからミミルに作ってもらったスキルカードを取り出した。相変わらず何の装飾もない、ただ鈍色に輝く金属のような肌触りの板だ。
人さし指と親指でつまんで魔力を流し込むと、いつものようにカードの上に文字が浮かびあがった。
――◆◇◆――
氏名:高辻 将平
種別:ヒト
所属:地球 日本国
年齢:36歳
職業:無職
スキル:
料理Ⅳ、目利き(肉Ⅳ)(魚Ⅲ)(野菜Ⅳ)、包丁術Ⅳ、狩猟Ⅱ、解体Ⅱ、皮革加工Ⅰ、短剣Ⅱ、弓術Ⅱ、身体強化Ⅱ、魔力強化Ⅱ、魔力操作Ⅱ、魔力探知
基礎魔法(無Ⅱ)(風Ⅰ)(土Ⅰ)(火Ⅰ)(水Ⅰ)(氷Ⅰ)(雷Ⅰ)(空間Ⅰ)
空間収納
四則演算
加護:
波操作、エルムヘイム語Ⅲ
――◆◇◆――
そういえば、着火の魔法を覚えたんだった。すぐにスキルカードを見ていなかったので気づいていなかったが、着火できる程度でも基礎魔法(火Ⅰ)くらいは覚えたことになるらしい。
そして、いま覚えたばかりの空間収納の文字がきちんと表示されている。
こうしてスキルカードに表示されると、実際に身につけたんだって気持ちになってくる。
〈無事身につけることができたようだな。おめでとう〉
ミミルは俺の技能カードを裏側から覗き込み、その内容を確認したのだろう。
声の方向へと俺が目を向けると、そこにはまるで自分のことのように嬉しそうな笑顔をみせるミミルがいた。純粋に祝福してくれていることがよくわかる。
それに俺が空間収納を覚えればミミルの負担が減るのは間違いない。ミミルとしても嬉しいことだろう。
しかし、それはミミルに頼る理由がひとつ減ってしまうということでもある。例えば、買物に連れ出す理由が無くなってしまうということでもあるわけだ。
とても複雑な気分だが、何も言葉を返さないわけにはいかない。
〈ありがとう。ミミルのおかげだよ〉
〈何を言う。しょーへいが雷の仕組みを教えてくれたからこそできる狩り方ではないか〉
〈俺には雷をそこまで上手く使いこなせない。ミミルだからできるんだ。ミミルのおかげだ〉
〈いや、まあ、うん……〉
またミミルが頬を赤らめて俯いてしまった。褒められ慣れていないというのも困ったものだ。
〈それで、悪いけど使い方を教えてくれるかい?〉
俺の言葉を聞いて、ミミルは俺を見上げ、花が咲くような笑顔をみせる。
まだ火照った頬がほんのりと赤いが、それがまた可愛らしい。
〈もちろんだ〉
弾むような声でミミルが返事をした。
そうと決まれば、もうここには用はない。
〈じゃあ、まっすぐ第3層の入口に戻ろう。それでいいかな?〉
〈うむ、もうリュークやトリュークは必要ない。それに、時間も迫っているからな〉
ミミルの返事を聞いて第3層の太陽を目で探すと、かなり西へと傾いている。感覚的にみて、だいたい2時間足らずで日没を迎えそうだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






