第379話
フロウデスとリューク・トリュークの間にあるエルムの木は、フロウデスの生息域が低地にあり、湿地帯となっていることもあって、石橋のある場所からはずっと下り坂になっていた。
いつもと同じようにエルムの木まで100メートルほどの場所まで移動した俺は、エルムの木に留まるラウンだけを重点的に探すよう、音波探知を飛ばした。
例によって60メートルまでは1秒で、そこから90メートルまでは2秒、105メートルまでは3秒かけて脳内に音像ができていく。
『お、ラウンがいるぞ』
『ほんとに?』
こちらをキラキラとした瞳で見上げ、念話で嬉しそうな声をあげるミミル。どうも念話だと口調が違って伝わってくるので違和感が凄い。
『エルムの木、比較的下の方だな。地上から10メートルほどの場所で、幹を正面にして少し左側の枝に留まっているようだ』
俺の説明を聞きながら、ミミルは刈り取った下草を手に取って眼の高さで放り投げた。葉は風によって左方向へと飛ばされていく。左側がリューク・トリュークの領域であり、その向こうにあるウリュングルブの領域の先に第3層入口がある。僅かにこちらの方が風下になるようだ。
とにかく音を立てないよう、静かに下草を刈り取りながら攻撃が届く範囲へと近づいていく。
『今回も頼む』
『うん。ナイフで下草を刈りながら進みましょう。魔法だと感づかれるかもしれないから』
『お、おう……』
このエルムの木は、リューク・トリュークの領域を抜けて見に来たエルムの木と同じものだ。30メートルほどの高さ、樹冠の幅は直径で20メートルほどある大木である。第3層で何度か接敵したラウンはいつも高いところに留まっていたが、今回は割と低く、近い場所にいる。それだけ俺たちが音を立ててしまうと気づかれる可能性が高くなる。
下草を掴んで刈り取りながら音を立てないよう、射線が確保できるように少し左側に回り込んで風下へと移る。
100メートルほどの距離を10分以上かけて慎重に、慎重に進んだ。ラウンがいる場所から見て風下に回り込んだので時間がかかったが、ラウンが飛び去ったり、留まる枝を変えたりしなくてよかった。
数メートル横は草が生い茂っているものの、崖のような急坂になっている。この上はリュークとトリュークの領域だ。
地上から10メートルほどの位置にこちらに尻を向けてラウンが留まっているのが見える。
『もう少し前に行くわ。残りが20ハスケほどになったら攻撃するからよろしくね』
『おう……』
念話の印象、というか物腰が柔らかいので全くの別人のようだ。どうにも慣れない。
とはいえ、念話で伝えるべきことを伝えたミミルは低く腰を落とし、眼前に生い茂る草を刈りながらエルムの木へと近づいていく。そして残り30メートルほどの場所に到着すると、ラウンのいる場所に向けて右手を掲げた。
〈――ランムッサ〉
エルムの木の枝の上、こちらに背中を向けたまま留まっている黒くて丸い体型をしたラウンの頭上に白く小さな輪が浮かびあがり、大きな爆竹をひとつ爆発させたような破裂音がした。
同時に俺も飛び出した。下草が80センチもあるので走るというよりも、飛び跳ねるように前に進む。
枝の上でラウンがふらりと揺れ、落下するところが見えた。
ラウンが落ちた場所に僅か六歩ほどで俺は到着し、急いでラウンの両足を左手で掴んで持ち上げる。ラウンは高圧電流が流れたことで全身を細かく痙攣させていて、意識を失っている。
「悪いな……」
ぐずぐずしている間に意識を取り戻して逃げられたりするのも厄介なので、腰のナイフを引き抜いて首を落とす。噴き出した血が足下の草に飛び散るが、すぐに魔素に還って消えていく。
すぐに俺を追ってきたミミルが背後から覗き込んできた。
〈やはり、この方法が安定してラウンを倒せるようだな〉
〈そうだな。ミミルのおかげだよ〉
〈そ、そうか……〉
ミミルは少し頬を赤らめ、照れたように顔を背ける。
俺だけでは絶対に逃げられるだろうし、例え倒せたとしてもこんなにスマートな倒し方にはならないはずだ。だからミミルが照れたりする必要は無いと思うのだが……やはり褒められることに慣れていないのかも知れない。
人間は褒められるとやる気が出るものだし、そのあたりはエルムも同じだろう。
これから店のスタッフを育てていく意味でも褒めることに慣れるのも大切だ。練習台とは言わないが、機会があれば褒めるようにしよう。
考えているうちに、ラウンの身体が霧散していく。
〈おおっ!!〉
〈やはりしょーへいは運がいいな!〉
霧散したラウンの身体から落ちたのは、緑色をした魔石と斑模様の卵だ。
ミミルは31個目で空間収納のスキルを入手したという。
まず、ラウンに会えるという運が必要で、更に逃げられることなく倒すことができるという運も必要というのに、卵をドロップするという運と、空間収納のスキルが得られるという運まで必要だ。
ミミルが期待に満ちた目で俺の手の中にある卵を見つめている。
なんだかすごく緊張してきたぞ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






