第376話
昼食を終えた俺たちはエルムの木めぐりを再開していた。
食べ過ぎたせいで少し長めに休憩したぶん、時間的に余裕がなくなってきたせいで少し早歩きになっているが仕方がない。
位置関係がよくわからないが、昼食を摂ったエルムの木に向かう途中、分岐があったのを思い出した。
〈そういや、こっち側は何がいるんだ?〉
確認するのを忘れていたが、正面にいただろう魔物が何かを確認していなかった。寝る時に気が付いたのだが、ミミルは既に寝息を立てていたので遠慮した。
〈グレスカという魔物がいる。倒すと――〉
ミミルは歩きながら空間収納から緑色をしたスイカくらいの大きさがある何かの実を取り出した。模様が入っていないからスイカじゃないと思えるだけで、スイカだと言われればスイカだと思ってしまうような実だ。だが、グレスカというのはエルムヘイム共通言語でカボチャのことを指す言葉だ。
〈この頭の部分が残る〉
頭の部分と言われても、目や鼻、口があるわけではないのでいまひとつすっきりしない。
〈この下に胴体や手、足があったのか?〉
〈うむ。ここから穂が伸びていて、下の部分から首、胴体、手足がついている〉
〈まあ、二足歩行ならそうなのかもな〉
〈胴体は葉で覆われ、襟のように葉が首を覆っている。首を落としたいのだが、この葉が邪魔をするので面倒なのだ〉
話を総合すると、二足歩行でスイカのような頭をした魔物で、首から下が葉っぱで覆われている、ということなんだろう。でもこのスイカ頭だと、結構な身長がないとバランスがおかしい。ということは、またリュークのようにヨチヨチ歩きで転ぶタイプの魔物なんだろうか。
〈で、大きさはどれくらいなんだ?〉
〈私よりも少し低く、細身だな〉
ミミルが取り出したスイカ頭は直径で40センチはある。だいたい、ミミルの倍くらいだ。
それでいてミミルよりも背が低くて細身というのだから、バランスとるだけで精一杯なんじゃないかな。
〈なによりも厄介なのは土属性の魔法を使うことだ〉
〈……へえ〉
やはりダンジョンに入ってくるエルムヘイムの住人だけが魔法を使うというわけではないようだ。
〈土壁をつくるヨルドヴェグ、泥濘をつくるスーラの2種類だけだがな〉
〈壁を作られるのは厄介だな〉
〈うむ。空を飛べればなんということもないがな〉
俺はまだまだ空を飛ぶことなんてできない。それこそダンジョン内で数百年も暮らしているミミルは容易くやってみせるが、ダンジョン経験が10日ほどしかない俺にできるわけがない。
〈で、次はどちらに行くんだ?〉
〈左に行けば第3層の出口へと向かうことになるが、日が沈む前に戻ることを考えたら、右だ〉
〈ここを右ってことは、正面の領域には何がいるんだ?〉
〈この正面はルーヴという魔物だ。1頭のオスに、複数のメスで暮らし、集団で行動する厄介な奴等だ〉
ふむ、地球でいえばライオンが似た修正を持っていたと思う。他には……ゴリラやマントヒヒ等のような霊長類にも似た習性があったはずだ。
〈その先はファングカットの領域。周囲に生い茂る草と変わらぬ体毛を持ち、上顎から2本の長い牙が伸びている。音もなく忍び寄って来て、噛みついてくるところが厄介なのだが……こいつらは単独行動だ〉
〈ファング……カット、か〉
エルムヘイム共通言語でファングは牙、カットは猫を意味する。牙の長い猫型の魔物というなら、地球上では絶滅したとされるサーベルタイガーのような外見なのかも知れない。話の内容からすると保護色を纏っているようなので、若草色をした体毛をしているのだろうか。
いろいろと想像が止まらない。
〈まるで少年のように瞳を輝かせているが、そんなに興味深いか?〉
ミミルは下から覗き込むように俺の目を見つめて言った。
地球上では絶滅したサーベルタイガーのような魔物を見ることができるというなら是非見てみたい。俺は動物学者でもなんでもないが、某恐竜映画に出て来た教授のように絶滅してしまった古の生物の生きた姿を見るというのはロマンだと思う。
〈ああ、是非見てみたい〉
俺は気持ちを込めて言った。ジャイアントモア、ドード、サーベルタイガー、ニホンカワウソ……絵で見たことはあるが、実物が見られるならやはり見てみたい。
ミミルは俺の瞳を再び見上げるように見つめた。
〈また今度だ。幸いにも第3層の出口はファングカットの向こうだからな。好きなだけ戦わせてやろう〉
〈いや、ほどほどにしてくれよ。店のことを考えると怪我はできないんだから〉
じとりとした目で俺はミミルを見つめ返した。
本当にお手柔らかに願いたい。いま、怪我で入院しようものなら開店時期を変更しないといけなくなるし、頼んだ食材も生鮮品は駄目になってしまう。いや、空間収納に仕舞えば客に出さないまでもミミルの腹の中へと消えるもことになるんだろうなあ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






