第370話
考えながら歩いていると、また2つに分岐する道に出た。
〈ここはこっちだ〉
右側を指して、ミミルが言った。
〈この正面はティーゲという魔物が住む領域だ。草むらを這うようにして近づき、襲ってくる〉
〈へえ、それは怖い話だな〉
だが、魔力探知や音波探知の対象にはなるはずだ。草むらの中を這うようにして近づく……となると、保護色なんかも持っているのだろうか?
〈見た目はどんな感じなんだ?〉
〈ルオルパを大きくしたような体格だ。体毛は枯草のような色をしていて黒い模様が入っている〉
斑点とは違って模様が入っているとなると、ジャガーか、はたまたトラか……。
どちらにしても、地面を這うようにして獲物に近づいていくと聞くと、ジャガーよりもトラに近い感じの魔物だろうか。
どう考えても近づきたくない相手だ。
動物園で見ればわかるが、トラってかなり大きいからね。
そしてまた1時間ほど歩いてきたところで更に2つに分岐する場所に到着した。
〈ここは右だ。ウコを右手に進んだ先のエルムの木で昼にしよう。いいな?〉
〈それでいいが、どういう経路で進もうとしているのか、図に書いてくれると嬉しい〉
〈ああ、昼食後にその話をするか〉
ミミルも流石に行き当たりばったりで方向を決めているのではないはずだ。恐らく時間を決めて、今日はどこまで進む……ということくらい考えてくれているだろう。
ミミルが先に進むので、うしろについて歩く。
〈あそこを左に行ったらどうなっていたんだ?〉
〈パッダいう魔物がいる。沼の中で眼だけを出し、近づけば舌を巻きつけて捕えられる〉
パッダは日本語だとヒキガエルだ。奴らは餌を見つけると、舌先で捉えて丸飲みする。だから、捉えるというよりも……。
〈食われるってことじゃないのか?〉
〈いや、魔物は捕食することはない。空高く放り投げることもあれば、地面に叩きつけることもある〉
〈なんで捕食されないんだ?〉
〈消化できないからだろう。奴等には内臓がないからな〉
〈あ……〉
そういえば、ダンジョンの中で肉がドロップすることがあるが、内臓類はドロップしないとミミルが言っていた。焼肉屋でホルモンを食べたときの話だ。リュークやトリュークが侵入者を生き埋めにし、パッダは人を地面に叩きつける。言われてみれば、これまで戦ってきた魔物たちも俺やミミルを捕食しようとしてきたわけではない。
酸で溶かす、踏みつぶす、噛み殺す、生き埋めにする、切り刻む、圧し潰す……どの方法であれ、侵入者を殺し、魔素になったところで摂取するというだけのことだ。
俺は改めて気を引き締めた。
ミミルが目の前で食われる、もしくは自分自身が食われるなどということはない。だが、殺され、魔素となって魔物の糧となる――そんな未来は受け入れられない。
両手で自分の頬を叩き、俺は気合を入れた。叩いた音にミミルが驚いてこちらを見上げて心配そうにしている。急に叩いたのだから驚いても仕様がない。
ダンジョンのせいで身体能力が強化されているが、当然加減している。
〈すまん、思うところあって気合を入れたかったんだ〉
〈変なやつだな……〉
予想どおりの返事に、小さく口角を上げて前方を見る。
次のエルムの木が見えている。残り、1キロあるかないか……というところだろう。
ミミルが足下に生えている草を千切り、顔の高さで撒き散らす。
〈こちらから、あっちに向けて風が吹いている〉
左斜めうしろ、7時半から2時半の方向に向けて風が吹いている。若干、エルムの木に対して風上にいるってことだ。これは慎重に近づく必要がある。
音を立てないようにエアブレードで草を刈り飛ばしながら進んで行く。それなりに風は吹いているので、刈り飛ばす音はするものの、100メートルも離れていれば葉擦れの音に紛れてしまう。
20分ほど掛けて残り100メートルを切るほどの場所に到着し、いつものように音波探知でラウンを探す。前方100メートルほど、エルムの木周辺から返ってくる音だけに集中して音像を作る。
手前から順に木の枝ぶりが脳内に形となっていくと、1か所だけ不自然に丸いものがある。
俺とミミルを繋ぐ目に見えない魔力の糸に載せるようにして、念話で話しかける。
『いた!!』
『どこだ?』
『梢から5メートルほど下、左に伸びる枝の上に留まっている』
地上から見た高さはは約25メートルになる。ミミルのスタン攻撃は届くと思うが……。
『どれくらいまで近づく必要がある?』
『射程距離は直線で50ハシケくらいだ』
『だったら35メートルくらいまで近づく感じかな』
『うむ、幹の反対側へと回り込むぞ。こっちだ』
即断即決……という言葉がぴったりくる感じでミミルが動き出す。
なるほど、ラウンの視界に入らない位置に移動するというわけだな。しかも、現在地からすると幹の反対側は風下にあたる。そちらから近づく作戦のようだ。
とにかく、今回は逃げられないように気を付けていこう。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






