第369話
左右は魔物の領域だが、とても緩やかに下る草原を歩くこと30分程度。俺とミミルは6本目のエルムの木の下に到着していた。
もちろん手前から音波探知をかけてラウンの存在を確認したのだが、非常に残念なことに見つけることができなかった。
「ミミル、どっちに向かうんだ?」
「……こっち」
いま俺たちが立つエルムの木からは次のエルムの木が左右に1本ずつ見える。
ミミルが指さしたのは左側に生えているエルムの木の方向だ。そちらに向かうとすると、左手にレディックの領域を眺める形でぐるりと回りこむような感じになると思う。
もう1本は右斜め前方、1時の方角だ。こちらは右手側にチューダの住む領域を見ながら回り込むような感じになる。
〈右側へ行くと帰る方向へと進んでしまう。地上に戻る時間を考えるとこっちが正解だ〉
〈そっか。わかった〉
1キロほど直進してから、安全地帯が分岐しているところで左側の道を選んだ。
〈分岐したということは、また違った魔物の領域があるってことだよな〉
〈その通りだ。いま右側にあるのはウコという植物系魔物がいる〉
〈この左側はさっきと同じだからレディックの領域。あちら側の安全領域を超えるとチューダの領域……〉
〈正面にあるのがウコの領域だ。ここから先はいくつも分岐を繰り返しながら出口の方向へと広がっていく感じだな〉
川にかかる橋や、川の環境を考えると人為的に作られたもののように感じるのだが、魔物の領域については碁盤の目のように整然としているわけではないようだ。
まあ、どこかの宇宙にある別の世界から生物の生活領域を切り取って、パズルのように組み合わせた世界だと考えると、碁盤の目のように作り上げるのは難しいだろう。
〈ちなみに、ウコという魔物も地中で生活している魔物だ〉
〈へえ、見た目はどんな感じなんだ?〉
〈こう……手を広げたような感じだ。腕が4本生えていて、中指にあたる部分が細長い首と頭になる〉
〈足は?〉
〈植物だからな……10本ほどの根が動くようになっている〉
ミミルがウコと呼ぶ魔物の姿を俺は自分の右手を見て想像する。
中指の部分が長い首と頭――残りの4本が腕。それを全部切落した形は……生姜だな。
確認のために葉っぱの形状とか聞いておくか。
〈植物系の魔物ってことは、葉っぱはあるんだよな?〉
〈腕はまっすぐ伸びて、先で5枚の葉になっている。敵に気付いて地面から這い上がると、その葉を手として使ってくるのだ〉
〈ほう……〉
やはり生姜だ。
問題は食材としてみたときに、日本なら生姜焼きだとか、つくね、魚の煮物などでも使うのだが、南欧で生姜を扱うとすればクッキーやケーキの材料というイメージが強いところだ。伝統的なレシピに使われることは少ないが、アサリの和風スパゲティを作る際には是非とも刻んで入れたい。
そういえばアサリが残っていたな。これで今日の晩めしの1品は決まりだ。
〈ちょっと取りにいかないか?〉
〈いや、時間がない。空間収納にあるから、それを使えばいい〉
〈あ、そうか。わかった、そうするよ〉
ミミルはこのダンジョンを踏破する際、どこにどんな魔物がいるのか調査しているのだから、既に収穫したものを手に入れてても不思議ではない。
そういえば、第2層にいたときにダンジョン内で手に入る食材を一度テーブルの上に並べてもらったことがある。あのときにはウコはなかったと思う。すべてを並べるということができなかった可能性もあるし、単純に第2層で取れる食材に限定していたのかも知れない。
〈あと、アモムという草が自生している。とても良い香りがする実がつく草だ。これだな……〉
ミミルが空間収納から親指の先ほどの大きさの実を取り出した。
ダンジョン内の植物なので胚が無いだろうが、緑色をしたアーモンドのような形。いかにも草花の実といった印象を受ける。
「カルダモンかな?」
親指と人さし指で摘まみ、表面の皮を剥きとると小さな粒が出て来た。途端にスパイシーだがスッキリと爽やかな香りが広がる。微妙に違う気がしないでもないが、「これはカルダモンです」と言いきられてしまうと納得してしまいそうな……そんな香りだ。
そもそもカルダモンは生姜の仲間、確かツユクサ類ショウガ目ショウガ科の植物だ。
〈どうすれば食べられる?〉
〈なんだ、食べ方を知らないのか。そうだな……今度、少し使ってみるか〉
カルダモンを使う料理で最もメジャーなのはカレーだ。
俺は専門じゃないから客に出す料理として自家製のスパイスを混ぜて出したことはないが、南欧生活中に我流で調合したスパイスを使ってカレーを作ったりした。
基本はクミン、カイエンヌペッパー、ターメリック。ここにコリアンダーやカルダモン、スターアニス、クローブ、ナツメグ、シナモンなどを加える。
だけど、ミミルは辛いものが苦手なんだよな……持ち込んでいるスパイスも足りていない。そもそも米もないのでカレーは無しだな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






