第368話
崖に沿って下に下りる道がある。それはいい。
幾つもの岩の柱が川底からいくつも伸びている。それだけなら第3層で最初に渡った橋杭岩のようなものなのだが、今回はその岩の柱と柱の間に球状になった岩がひっかかっている。
地球上でも自然の力で作られた球状の石が見つかる場所はある。川や海辺の岩場にできた窪みに岩が嵌り、水流で流されてくる別の岩と接触したり、波の力で動いたりすることで回転して角が取れた結果、球体の岩が嵌った穴が見つかる。甌穴やポットホールなどと呼ばれる現象だ。
しかし、そのような球体の岩が、岩の柱と柱の間に挟まっているという現象は見たことも聞いたこともない。更にはそれがいくつもあるんだから、異常な光景だ。自然には発生し得ない地形であることは間違いない。
〈何をぼんやりとしている〉
〈ん、ああ……これはどうやってできた地形なんだろう、と思っていたんだ〉
球形の岩の直径は4、5メートルほど。おそらく、その上を通って対岸へと渡るのだろう。
〈ミミルはこんな地形になった理由とか気にならないか?〉
〈エルムヘイムにこのような地形の場所があれば気になるだろうな。だが、ダンジョンの中は異世界の集合体だ。我々の理解できない理で出来ているところもあるはずだから考えないことにしている〉
〈なるほど……〉
地球と比べて科学的な面では遅れているせいもあるんだろうな……。
ミミルが先頭を歩いていく。
川岸の坂道は下草が生えておらず、ゴツゴツとした岩が露出した場所だ。その表面は妙にきれいに整地されている。
ここはミミルたちが踏破するまでは未踏破ダンジョンだった場所。しかも、ルマン人たちも使用していないダンジョンだったのだから、こうして整備されているのも不自然だな。
〈丸い石の上に飛び移って、向こう岸へと渡る。いいな?〉
〈ああ、わかった〉
返事をすると、ミミルが先に近くにある球状の岩の上に飛び移り、続けて次の岩へと飛び移っていく。
その後ろ姿を見て、俺は意識を岩の上へと向ける。
余計なことを考えていたら飛び移るという単純作業でも失敗してしまうだろう。大きさ的には岩の柱の上にむかって飛ぶよりも何倍も簡単だとは思うが、表面は球状になっているから足を滑らせたり、挫いたりする可能性がある。この変な地形がどのようにしてできたかなど、あとから考えればいいことだ。
「集中だ」
呟くと同時、両手で頬を叩いて目の前のことに集中。ヨッと声を出して、俺は最初の球状の岩へと飛び移った。
5つほどの岩を飛んで対岸に到着した。
岸辺は岩でゴツゴツとしているものの、すぐ先にはまた草原が広がっている。有難いことに、下草は俺の膝下くらいしかないので歩きやすい。とはいえ、ミミルには膝上20センチのあたりまであるので歩き難そうだ。
〈俺が前に行くよ。ミミルは方向を教えてくれ〉
〈うむ、わかった〉
俺が先に歩いて下草を踏んだあとの方が歩きやすいと気づいたのだろう。素直に前をかわってくれた。
とはいえ、3キロほど先にはもうエルムの木が見えている。左側も草原に見えるが、遠くには葉色が異なるものが生えているので、野菜系の魔物がまた住んでいるのだろう。
〈ミミル、こっちの領域はどんな魔物がいるんだ?〉
〈こちらはレディックという魔物がいる。普段は土の中に隠れていて、近づくと消化液を掛けてくる〉
〈リュークやトリュークに近い感じか?〉
〈倒すと手に入るのは黄色い根っこだ。だからギュルロの方が近いかも知れんな〉
〈ふうん……〉
ギュルロといえばニンジンもどきだ。似たような根菜となるとダイコンやカブが思い浮かぶ。あ、ゴボウという可能性もあるか。
〈どんな形をしてるんだ?〉
〈ギュルロは円錐をしているが、レディックは寸胴なもの、丸いものの二種類がいる。特に別々に名前を付けたりはしていないぞ〉
〈へえ……〉
丸いとなると、大根やカブの系統のような気がしてくる。とはいえ、実際に現物を見るまでは判断できないが……。
〈右側は、チューダの領域だ。普段は寝そべっていることが多いが、いざ戦いとなると凄い速度で走り出すので気をつけないといけない〉
〈へえ……どれくらい速いんだ?〉
〈大通りを走るジドウシャの数倍……だな〉
〈えっと……〉
近くの大通りの場合、制限速度は時速50キロ。実際は混雑しているので時速40キロほどしか出ていない可能性もある。でもその数倍となると、最低でも時速100キロ以上ってことだろう。
一方、100メートルを9秒台で走り抜ける陸上選手で時速45キロくらいと聞いたことがある。ダンジョンで身体能力が向上した俺なら100メートルを8秒台で走り抜ける可能性もあるが、追いかけられたら逃げられる自信がないな。
〈それは速いな……〉
〈まあ、無理して戦う必要はない相手だが、試したいというなら付き合うぞ?〉
〈い、いや、遠慮しとくよ〉
遠めから観賞させてもらえればそれでいいや。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






