第366話
手頃なサイズのニンニク擬き――トリュークをスライス。次にキュリクスのロース肉を1センチくらいの厚さにカットして塩胡椒をし、唐茄子擬きのロバシン、タマネギ擬きのリュークを輪切りにしておく。本当はグリーンリーフのような鮮やかな野菜も用意したいのだが、無い物は仕方がない。最後にプティ・バタールに横から切れ目を入れておく。
続いてフライパンにオリーブオイル、スライスしたトリュークを入れて火にかける。ここは弱火でじっくり火を通したいので焚火の上だ。
フライパンの中でトリュークが色づき、香りが立ってきたら先ずは肉を焼く。厚さ一センチ程度なので表面に焦げ目がついたら取り出しておき、残った油でリュークとロバシンを焼いてしまう。リュークは全体が透明になるまで、ロバシンは皮がはじけて中身がトロリとしてくるまで火を入れたら調理は終わり。プティ・バタールの切れ目を開いてフライパンから肉汁を流し掛ける。これだけで食べても美味そうだ。
続いて表面をカリッと、中は余熱でしっとりと焼けたキュリクスの肉を置き、昨夜のバーベキューパウダーを振りかける。最後にリューク、ロバシンの順に挟んでビステッカ・パニーニの出来上がりだ。贅沢を言うならチェダーやゴーダチーズなんかがあると良かったかな。
〈できあがりだ〉
〈おおっ!!〉
皿の上にダンジョン素材のビステッカ・パニーニを載せてミミルへと差し出した。
既に料理を待ち構えていたミミルの熱い視線が皿の上の料理へと注がれていて、口元には涎が薄く溜まっているのが見える。
「先に食べていいぞ」
飲み物なしというのは辛いので、ミミルにいつものカフェオレを作る。金属のマグカップに牛乳を半分、コーヒーを半分。
俺が告げると、ジュルッと涎を啜る音が背後から聴こえた。そのあとに小さく「いただきます……」の声がして、バリバリとプティ・バタールの表面が割れていく音、〈むふぅ……〉という鼻息にも似た声が聴こえる。
「3杯だっけか?」
口いっぱいにパニーニを頬張ったまま、俺に向かってミミルが何度も頷く。
ティースプーン3杯分のグラニュー糖を入れ、ぐるぐると混ぜたカフェオレをミミルに差し出した。
『あ、ありがとう』
「どういたしまして」
パニーニにはフライパンからトリュークや肉、ロバシン、リュークを炒めたオイルを染み込ませてあるから、喉に詰まることはないと思う。だが、こういう料理を食べる時に飲み物がないのは寂しいからね。
俺もフレンチプレスから自分の分を注ぎ入れ、先ずはひとくちだけ口にと含む。
広がるコーヒーの香りと熱に、ホッと一息吐く。朝からひと仕事終えた気分だ。
美味そうに食べているミミルの姿を眺め、自分のパニーニへと手を伸ばす。両手でがっしりとホールドして、上下から潰すように握って噛り付く。
前歯がパンの表面にかが食い込んで、パリパリと音を立てる。オリーブオイルに移したトリュークの香りが口蓋内に広がり追ってキュリクス肉が焼けた香ばしい風味、バーベキューパウダーの複雑な香りが鼻から抜けていく。ぐいと噛み締めた瞬間、軟らかく焼けたキュリクス肉から肉の旨味、トリュークの甘味、ロバシンの旨味と酸味が肉汁に混ざって舌を包み込んで染み込んでくる。
「美味いな!!」
「……ん!!」
いつもはか細いミミルの返事も力が入って聞こえる。
自画自賛……いや、これはキュリクスの肉とダンジョン野菜の力だ。それを受け止められる田中君のプティ・バタールも相当なものだと思う。田中君はクラムが足りないと言っていたが、この肉や野菜にはこれくらいでちょうどいいのかも知れない。
「こりゃ地上に戻ったらまた焼かないといけないな……」
『モモチチに、頼まないとね』
「まあ、そうだな……」
大口を開けてパニーニに噛みつき、口いっぱいにパニーニを頬張るミミルを見つつ、俺もパニーニに噛り付く。ミミルは噛みつく時と、飲み物に口をつけるとき以外は口を開かない。なんかこう――真摯に味わっていますって感じが伝わってくるのは作り手としてありがたい。
〈そういえば、火はどうやってつけるんだ?〉
最後のひとくちをとても残念そうに頬張ったミミルを姿を確認してたずねてみる。元々、魔法の話を聞いた時にも火は危険だとか、魔力の使い方が違うような話をしていたので気になっていたんだ。
〈昨日見せた火の魔法は魔素を集め、強く圧縮することで発火する。それだけだ〉
空気を圧縮すると、圧縮された空気の温度は上がる。ガソリンエンジンだと燃料と空気を混合し、そこにプラグで着火するんだよな。確か、ディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも高い圧縮率にすることでプラグが必要ないんだっけ。
〈着火は必要ないのか?〉
〈火を着けるのに、火が必要なのはおかしいだろう?〉
〈あ、そうか……〉
着火できるものがあるなら、火の魔法は確かに要らない。いや、それも違うよな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






