第365話
「眩しいな……」
テントの隙間から漏れる陽光が俺の目元を照らしていた。
外に出て大きく背伸びをした俺は、改めてテントの周辺を確認する。
目の前に広がる中洲の大きさはサッカーグラウンドよりも少し小さいくらい。テントの背後にはエルムの木があって、その向こう側にもテニスコート2面分くらいの場所がある。あちこちで地面から岩が露出していて、実際にはスポーツなどできる環境ではない。
水の流れで流されてきた巨石が溜まり、そこに土が堆積したように感じるのだが、川の流れは非常に穏やかだった。他に巨石が転がっているわけでもないし、こんな巨石が運ばれてくるなどとは想像もできない。だから、この場所に巨石が溜まった理由に見当がつかない。
強引に作られた不自然な場所がいくつもあって、まるで素人の作ったジオラマのような気がしてくる。
方向感覚などはあまり掴めていないが、自分が渡ってきた川のあった場所、第3層の太陽の位置から凡その時間を想定すると、朝の7時くらいだと思う。
日没後に好天が続くと放射冷却によって朝には気温が大きく下がるものだが、季節的な理由なのか寒いというほどの気温ではない。数多ある宇宙の中に存在する地球とは別の星から複製した環境――ということを考慮すると、あの空に浮かぶ第3層の太陽も魔素で作られた何かなのだろうし、放射冷却という現象が存在しなくても不思議ではないのだが、不思議なものだ。
ふと目を向けると、テントの前に置いていた焚火台の火が消えていた。
「まずは焚火かな」
焚火台を掃除して新しい薪に火をつけようと思ったところで思いついた。
これまで、火はミミルにつけてもらっていたが、そこらの草を乾燥させて火をつけられるのではないだろうか。幸いにもキャンプ用品ということで着火用のライターやカセットコンロのボンベに装着できるトーチなどはある。
「やってみるか……」
足下に生えている草を千切り、昨日トリュークでやったように水分が抜けた状態をイメージして乾燥させてみると、思ったよりも簡単にできてしまった。トリュークで成功イメージができているからだろう。
薪に着火できるだけの量を作って焚火台に置き、その上に木片、細い薪という順で並べて着火用ライターで火を着けると、思ったよりも簡単に焚火起こしができた。
そういえば、昨日ミミルは指先に火を灯していた。そこに火があるというイメージを作り、魔力で魔素を集めて燃やす感じなのだろうか。
人さし指の先に蝋燭ほどの炎が着くイメージだろうか……いや、ミミルは〝木や油などが燃えるのとは違い、魔法で燃やすのは魔素だ〟と言っていた。
だから、指先に火が着くのではなく、集めた魔素に火を着けるイメージなんだろう。
ミミルの真似をしてみようかとも思うが、このまま試すのは何だか危険な気がする。やはり止めておこう。あとでミミルを起こしたときに教えてもらえば済むことだ。
焚火の火が大きくなってきたところで、鍋の中に水を作って火にかける。朝のコーヒーを淹れるためだ。
ミミルを起こしにテントへと戻る。
とても小さな寝息を立てて眠る姿は、本当に小学生のようで可愛らしい。つきたての餅のような白くて柔らかそうな頬を見つめていると、つい指先で触ってみたくなってしまう。
「ミミル、朝だ。起きろ」
「んんっ……」
怒られる未来しか視えないのを我慢して肩を持って揺すると、ミミルは狭い簡易ベッドの上で俺に背を向けるように寝がえりをうった。とても器用だ。
「ミミルっ!」
〈ふあっ!!〉
怒っているわけではないが、大きめの声で呼びかけたせいかミミルは驚いて跳び起きた。
〈なっ、何があった!?〉
〈なにもないぞ。朝だから起こしにきただけだ〉
〈へっ!?〉
ミミルがこんなに慌てるのも珍しい。何か悪い夢でも見ていたときに声を掛けてしまったのかも知れない。
〈そ、そうか……〉
少し寝ぼけていたことに気付いたのか、ミミルは恥ずかしそうに俯いた。
まあ、そのことを弄ったところでミミルが拗ねると面倒だ。
〈顔洗って、飯にしよう〉
短く〈うむ〉、と返事をして立ち上がったミミルがテントから外に出る。道具類はテントの外に置いたままだが、食料などはすべてミミルの空間収納の中だ。
歯磨きと洗顔を終えると、何も言わずにミミルは、田中君が焼いたプティ・バタール、買い込んでいた食材や魔物がドロップした肉や野菜などを並べていく。残念なことに低温調理したキュリクス肉は既にミミルの旺盛な食欲の前に消えてなくなっている。だから、生のキュリクス肉、ルーヨ肉、ブルンヘスタ肉、ヴィース肉しかない。これらを肉料理としてこれから仕込むには時間が足りないし、作るにしても地上で買い込んだ野菜が残り少ないのでダンジョン野菜が主体となる。つまり煮込み料理は作れない。もう一晩、ダンジョン内で明かすのならいいが、第3層の24時間は地上の約3時間半。明日から店で始まる研修のことを考えると2日が限界なので仕様がない。
まずは食材の準備から……段取りは大切だ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






