ミミル視点 第23話
しょーへいが私の服を買いに出かけたあと、私はダンジョン用の服装に着替え、ブーツを履いてダンジョンへと戻っていた。
目的は、「ダンジョン内の転送ルールの変更」だ。
私はどうしてもしょーへいにダンジョンを踏破して欲しいと思っている。
実はダンジョンは外部の生物の死骸を吸収して成長する。ダンジョンが成長すれば、管理者はダンジョンの種のようなものを得ることができるのだ。
私がその種を使って新しくダンジョンを作り、そこを踏破すれば、私は出口をエルムヘイムに繋いで故郷に戻ることができる。
だが、私がエルムヘイムに戻ったあと、このダンジョンの管理者が必要になる。
このダンジョンはしょーへいの所有する土地にできているのだから、しょーへいに管理者権限を引き継いでもらう――これが、わたしがしょーへいにダンジョンを踏破してもらいたい理由だ。
さて、未踏破のダンジョンは各層の転移石間で移動することができない。つまり、第一層から順に、第二一層までを踏破していく必要があるのだ。
ダンジョンの中は時間の流れが違うので、ダンジョン内部で三ヶ月、エルムヘイムの時間で言えば二〇日以上はかかる計算になる。
ただ、それではしょーへいにこのダンジョンを踏破させるのが難しい。何日もダンジョン内で寝泊まりしなければ、踏破できないからだ。
しょーへいには自分の店がある。その店を閉めてまでダンジョンに入り続けることはできないに違いない。
となると、一層から到達している階層まで自由に移動できる設定が必要になる。
例えば四層まで踏破すれば、次は一層入り口部屋から五層入り口部屋に移動できる――そうすることで、泊まりでの踏破の必要性がなくなるはずだ。
転移石に触れ、管理者部屋への転移を念じると、すぐに視界が殺風景な場所に変わる。石造りのテーブルに黒い石が埋め込まれたあの場所だ。
テーブルに近づいて、管理機能を起動する。
光り輝く六角形が現れると、緑の光――フロア管理機能を選択し設定の変更作業を始めた。
◇◆◇
ダンジョンから戻ると、すぐにしょーへいから声を掛けられた。
『もどった。なに、した?』
「ダンジョン各層の転送設定の変更、それと確認作業だ」
実際に各層の間を行き来できるかどうかも確認していたら結構な時間が経ってしまった。ただ、しょーへいも今戻ったばかりのようだ。二階の部屋ではなく、一階にいるのだから間違いないだろう。
『ことば、おしえる。いい?』
「おお、覚えるに決まっているではないか。さあ、教えてくれ」
昨日覚えた「なに」というのは、モノの名前を覚えるためになる。実にいい発想だった。次は何を教えてくれるというのだ?
すると、しょーへいは金属でできた――鍵のようなものを左手に持ち、それを右手で指さした。覚えるのは鍵か?
『これ』
しょーへいの発した言葉を追いかけるように、真似をして声に出す。
『これ、これ』
大丈夫だろうか?
正しく発音できているのか?
しょーへいの反応が薄くて心配になってくるな。
おい、どこへ行くのだ?
なぜか、鍵を床に置いて戻ってきたが――
しょーへいが置いてきた鍵を指さして声に出す。
『あれ』
おおっ!
こっちは離れたものを指す言葉だな。さっきの『これ』は近くにあるもの。離れれば『あれ』になるのか。
『あれ!……あれ、あれ!』
私は、鍵があるところに行って、拾って持ち帰る。そして、また手のひらの上に置いた鍵を指さして声を出す。
『これ』
『これなに?』
昨日教わった「なに」と組み合わせてみたぞ。
近くにあるものを指さすときは「これなに?」で、遠くは「あれなに?」だな。
よし、覚えた。
『ミミル、ふく、かった。きる、みせる』
「その服か! 着たら外に連れて行ってくれるのだな」
外に出られるというだけで、なんだかワクワクしてきたぞ。
――ん?
しょーへいが私の目を覗き込んでいるが……。
『ミミル〝アルビノ〟?』
「その〝アルビノ〟とはなんだ? 知らない言葉だからわからんぞ」
すると少し考えるような間をあけて、しょーへいが再度尋ねてきた。
『ミミル、いろ、うすい、たいしつ?』
「ああ、そのとおりだ。身体の色素が薄く、何もしなければ目と肌が弱い」
それがどうかしたのだろうか?
目と肌を陽光に晒すと火傷したようになってしまうが、幼い頃からそれを防ぐための魔法は身につけているから問題ないのだが……。
『ん、しらべる。ふく、きがえる、いい?』
「そうだな、着替えなければ連れて行ってもらえないのだ。着替えてくるぞ」
◇◆◇
しょーへいが買ってきた服に着替えるべく、浴室横にある脱衣場へとやってきた。
濃いグレーの服は貫頭衣のようにすっぽりと被るようにできているが、これは前後別に作って縫い付けてあるようだ。
靴下は上質な木綿でできたもののようだが……ダンジョン産のものと違って防御魔法を付与できないようだ。
だが、この服と靴下……共に肌触りが良くてとても心地よいな。
いつも普段着としてこのくらいの質のものが着られるのなら、この世界も悪くないではないか――。






