第357話
〈仕様がないなあ……〉
どこかにんまりと笑みを浮かべてミミルが一歩前に出た。
その様子を見て木の上に視線を移すと、ラウンが羽ばたいている。
〈ミミル、ラウンが!!〉
俺は慌ててミミルに声を掛けた。だが、ミミルの雷の魔法はたぶん間に合わない。
「――エアエッジ」
瞬時に軌道をイメージして魔力で作った苦無を投げつけたのだが、上へと投げているせいか届かない。いや、魔力で作った苦無にまで重力が働くのかは疑問だが、射程範囲外だった可能性もある。
困ったのは、俺が投げた魔力の苦無を察知したのか、ラウンがこちらに気づいたことだ。小さく羽ばたき、より枝や葉で自分が隠れる場所へと移動してしまった。
その意外な賢さに俺は思わず舌打ちしてしまう。
〈ミミル、いけるか?〉
〈いや、あれだけ葉や枝が邪魔になると距離感が掴めない〉
ミミルが使う雷の魔法は俺が使った静電気の魔法にヒントを得ている。俺の魔力操作のレベルでは不可能だが、ミミルなら離れたところに正と負の電場を作って落雷させることができる。言い換えると、その正と負の電場を作る場所を正しく指定できなければ、落雷も発生しない。今回はターゲットであるラウンとミミルの間に枝や葉がたくさんあって、電場の場所を正確にイメージできないということだ。
違う角度からなら射線が通るかもしれない、と俺は考え辺りを見回す。ミミルも同じ考えなのか、エルムの木の幹を挟んで反対側に何かを探すような動きで目線を送っている。
だが、空しいことにラウンはカラスのような鳴き声を数回あげて、飛び立ってしまった。
「ああっ……」
空を飛ぶラウンに向けてエアブレードを投げたところで届かない。
「くそっ……逃げられた」
悔しがる俺の様子を見て、ミミルの表情が少し厳しくなった。
〈しょーへい、慌て過ぎだ。ただ枝の間を飛び移ろうとしていただけかも知れないというのに、慌てて大声と共に魔法を飛ばせばこうなるのも道理というものだ〉
〈あ、うん……そうだな〉
川を渡る前に飛び立ったところを見てしまったからだろうか。頭の中に「どこかに行ってしまうのでは」という不安感があったのかも知れない。それに、1日探してようやく接触できそうな相手だったから気が逸ってしまったのだと思う。全ては逃がしてはいけないっていう気持ちが強く働いた結果だ。
〈ゆっくりと急げ……ということだ。さて、次のエルムの木に向かうとしよう〉
この場合、急いては事を仕損じる――という意味だろうか、本当にそのとおりだ。
〈ああ、すまなかった。俺が焦ったばかりに〉
〈折れた剣で竜の退治には向かえない。飛んで行ったのはこちらの方向だ。次のエルムの木で夜を明かすつもりだったが、ラウンも同じかも知れん。だから急ぐぞ〉
〈わかった〉
ダンジョンから与えられたエルムヘイム共通言語Ⅲの加護で、ミミルが言った〈折れた剣で竜の退治には向かえない〉を日本語で言えば「覆水盆に返らず」とか「後悔先に立たず」にあたることが理解できる。折れてしまったことを後悔しても仕方ないということなんだが……ダンジョンには竜がいるのだろうか。心配になってくる。
3つ目のエルムの木から、次のエルムの木へと向かう。
今度も安全地帯を右へ90度曲がったので、右側はルオルパの領域だ。
〈この左側の領域はまた違う魔物がいるのかい?〉
〈ここから先はコルンという魔物がいる〉
〈へえ、どんな魔物なんだ?〉
〈草の魔物だ〉
〈他に特徴は?〉
〈膨らんだ茎の中に丸い実がたくさんある、乾燥させて粉にして使う。もちろん、その実から芽が生えることはないぞ〉
茎が膨らんで、中にたくさんの実ができる……地球にそんな野菜はないな。ただ、乾燥させて粉にして使うものとなると、穀物のような実ができるということだ。ミミルが持っていた食材にはジャガイモやサツマイモのような芋類がなかったが、近い感じのものができるのかも知れない。
〈昼に食べたスープに入っていたチキュウの食材に似た感じか?〉
〈いや、まったく違う。私の小指の爪ほどの大きさの実だ〉
ミミルが爪を見るようにと手を差し出してくる。細く白い指先に形のいい爪が並んでいる。この大きさで粉にして食べるものといえば……。
〈チキュウで言えば、『トウモロコシ』かな?〉
〈まだニホンで食べたものの中に似たようなものはないぞ〉
季節は5月の下旬だから、これからトウモロコシが店頭に並ぶ。ミミルが見たことがないのも納得だ。
しかし、粉にするトウモロコシは硬粒種と言われるトウモロコシだ。そして、トウモロコシ粉を使った料理を出す店は少ない。テックス・メックスでハードシェルタイプのタコスを出す店ならトウモロコシ粉を使っているかも知れないが、あまりに原型を留めていないのでミミルにみせても困惑させるだけだと思う。
そもそも、粒の性質が似ているかも知れないが、茎の中で実として採れるトウモロコシ擬きが、地上のトウモロコシと形状が似ているかわからない。これは実物を見る日が楽しみだ。
大きく分けて、トウモロコシには甘味種、硬粒種、爆裂種、糯種、軟粒種、ジャイアントコーン、馬歯種の七種類があります。甘味種は日本でよく食べられる甘いトウモロコシ、爆裂種はポップコーン、軟粒種はコーンスターチの材料になります。糯種はもち米の代用にされます。馬歯種は家畜飼料用です。
テックス・メックス(Tex-Mex)とは、米国のテキサス周辺で発展したメキシコ料理のことです。
ハードシェルタイプのタコスはこのテックス・メックス料理です。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。






