第356話
1時間弱のティータイムを終え、俺とミミルは次のエルムの木を目指し、下草をエアブレードで刈りながら進んでいた。
右側がルオルパの領域、左側はマットが一面に生えたカメラスの領域。安全地帯の幅は50メートルと結構な広さがある。このあたりは非常に緩やかな上り坂になっている。
〈方向的にはどちらに向かっているんだろうな〉
〈だいたい東へと向かっている。川を越えたところから北に向かっていたからな〉
第3層の入口は川の中州になった場所にあり、海が西側にあった。川は東から西へと流れていたことになるから、川を横切るには北か南に向かうことになる。川を渡ったときに北に向かったということは、そこから右に90度曲がれば東向きだ。
基本的に安全地帯を通って進んでいたが、途中で魔物の領域に足を踏み入れたりしていたから俺の方向感覚が狂っていたのだと思う。あの川を渡るときに北に渡ったのか、南に渡ったのかが理解できていなかった。
ということは、第3層の入口から東にウリュンブルグの領域、リュークとトリュークの領域、更に東側がフロウデスの領域ということになる。
〈フロウデスがいた領域の奥は何がいるんだ?〉
〈川だ。川が南北に分岐している。その先は幅の広い滝だ〉
第3層の川の中は安全地帯ではなく、水棲の魔物が暮らす領域。大きな滝があるということは、そこで魔物の領域がまた分かれているのだろう。ここが少しずつ上り坂になっているのも、その滝と関係がありそうだ。
〈第3層の入口がある中洲の形はこんな形をしている〉
ミミルが両手の人さし指と親指で平行四辺形を作って説明してくれた。とてもわかりやすいが、指の間から覗くときの表情がまた可愛らしい。
〈中央にリュークとトリュークの領域。東にフロウデス、西にウリュンブルグの領域。入口はその西の端の方にあったことになる〉
〈なるほど……〉
北に渡ってから東側にあったのがルオルパの領域、西側がカイメンの領域。そして、現在は見つけたエルムの木から東へと向かっているところ……というわけだ。
〈次のエルムの木からまた南へ向かう。川の中州が安全地帯になっているので、そこで一夜を明かすことになる〉
〈わかった。そろそろ次のエルムの木が見えて来たぞ〉
緩やかな坂道の上に、漸くエルムの木の梢が顔を出した。坂の終端から先に進んだところにあるらしく、なかなか全貌が見えてこない。坂を登り切った先は平らになっているのだろう。
坂道を足下に生い茂った草を刈りながら登るというのもあって、20分程かけてなんとか平らな場所へと到着した。ここから見てもまだ数百メートルはある。エルムの木は4キロ間隔で生えているはずなのだが、こうして坂道の上にあるとなかなか見えてこないので遠く感じる。
更に足下の草を刈りながら進むこと10分。残り100メートルといったところまで辿り着いた。エルムの木の樹冠は丸みを帯びた三角形で、直径は15メートルといったところだろうか。湿地にあったものよりも少し小振りのようだ。
例によって、ミミルに断りを入れてから音波探知を掛けた。
前方に限定することにより、最初の1秒で約60メートル先迄の範囲で音像ができてくる。
2秒経つと、既に60メートル先迄の音像は俺の頭に残っていない。60メートルから90メートルくらいまでの音像が手前から順に出来上がっていく。
3秒経過――90メートルから105メートルまでのあたりまで音像ができる。
もう少しで4秒というところで、音像に反応を見つけた。丸くてずんぐりとした形の鳥がエルムの木の枝に留まっているのがわかる。
〈ミミル、いたぞ。だいたい、梢から5メートル下、幹の左側に伸びた枝に留まっている〉
〈おおっ、やはりしょーへいは運がいいな〉
〈いや、そんなことはないさ〉
謙遜しつつ、改めて100メートルほど先にあるエルムの木を眺める。
高さは25メートル程度だろうか。30メートル越えのエルムの木を見ているので大きいという実感はなくなっているが、それでも日本ではその大きさの木を見かけることなど滅多に無い。
〈よし、静かに近づくぞ〉
逃げられては元も子もないので、俺も音を立てないよう、〝ゆっくりと急ぐ〟ことにしよう。
足下の草丈は相変わらず80センチほどある。身長が180センチ近い俺には全然気にならないが、ミミルが歩くには邪魔な長さだと思う。急いでエルムの木まで駆け付けたいが、エアブレードで10メートル先まで刈り取りながら進んで行く。
ものの2分ほどでエルムの木の根元近くまでやってくることができた。
奥に向かって伸びている枝の向こう、20メートルほどの高さにラウンがいるのが見える。
「厄介だなあ……」
「……ん」
エアエッジやエアブレードの射程距離は約20メートル。とても嫌らしい場所に留まっている。しかも手前に伸びている枝がいくつもあって、エアエッジやエアブレードで狙えない。
〈ミミル、頼んでいいか?〉
前回同様、雷に感電させて落とすのが正解だと思うんだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。






