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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第36章 念話

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第355話

 腕という以上は骨があるはずで、長さが変わるというのはどうも理解しがたい。例えば、いくつも関節がついているというなら理解できるが、今度は伸びた腕を支える筋肉が必要だ。


〈ちょっと見てみたい気もするな〉

〈擬態しているから見てもわからん。擬態を解くには倒すことが前提になるが?〉


 それでいいのか……という言葉を省略してミミルが俺の方へと視線を向けた。

 ミミルの話では地面をマットという植物の蔓が埋め尽くしているようなので足場も悪いだろう。他にも何か理由があるかも知れないが、その2つの要件が揃うだけで確かに面倒臭い。ちょっと行ってみようという感覚なら止めておく方がいいってことだろうな。


 キャンプ定番の金属製マグカップに牛乳を注ぎ、そこにフレンチプレスからコーヒーをいれてミミルに差し出す。嬉しそうに受け取るミミルだが、そこに砂糖をたっぷりと入れて、自分好みな甘々カフェオレにしていく。

 俺はブラックだ。甘い物も一緒に食べようと思っているからな。


「ミミル、ケーキ食べないか?」

「……ん」


 ミミルが空間収納からケーキを取り出す。今日はイチゴショートケーキをを食べるらしい。

 大きなエルムの木を背にして椅子に座り、先ずはコーヒーを啜る。フルーティな香りに柔らかな酸味、深いコクを持ちあわせるハワイコナは程良い苦味がある。菓子と共に食べるのにも良く合うはずだ。

 俺が選んだ菓子はトプフェンシュトゥルーデル。オーストリアを中心とし、北イタリアでも食べられている極薄の生地で具を包んで焼いたパイの一種だ。生地の薄さは焼く前の段階で向こう側が透けて見えるほどまでに広げる。

 シュトゥルーデルが渦巻きという意味だから、地域や人によって具材が変わる。林檎ならアップルシュトゥルーデルだし、肉とジャガイモが入ったシュトゥルーデルもある。まあ、これは菓子というよりも食事だ。フランス料理でも鱸のパイ包みという料理があるし、パイ生地に包んで焼いた料理というのは融通無碍。いろいろあっていいと思う。

 中でも、カッテージチーズを使ったものがトプフェンシュトゥルーデルだ。ラムレーズンを入れる人もいるし、サワークリームやカスタードクリームを入れる人もいる。このトプフェンシュトゥルーデルはどんな中身になっているのか……楽しみだ。

 正面に座り、俺のトプフェンシュトゥルーデルを熱い眼差しで見つめるミミルの姿が視界に入るが、気にしていられない。

 ゆっくりと右手を伸ばし、パイ生地にフォークを優しく突き立てる。トレーシングペーパーのように薄く透けるまで伸ばされた生地は思いのほかしっとりと焼きあがっていて、パリッサクッといった感じはない。グイッとフォークの峰で切って、今度はすくいに載せて落とさないように口へ運ぶ。バターは表面だけに塗られていて、生地が軽い。カッテージチーズのこってりとしたミルクの風味にバニラや卵の風味、サワークリームの酸味が加わって、しっかりと砂糖の甘味はするのにさっぱりと食べられる。

 季節に応じたスイーツも田中君が作ってくれると思うが、ストゥリューデルのようなオーストリア系の菓子はちょっと厳しいかな。となると……


「ミミルも少し食べてみるか?」


 俺が問いかけると、右頬にホイップクリームを付けたまま、何度も頷いてみせた。その様子を見てフッと笑いがこみ上げる。


「……しょーへい、へんなやつ」

「ついてるぞ、ここ」


 俺は自分の左頬を指さしてミミルにホイップが付いている場所を教える。

 だが、ミミルは何故か自分の左頬を拭ってみせた。もちろん、右頬のホイップはついたままだ。


「とれた?」

「違う、こっちだよ」

「むぅ……」


 漸く俺が教えたのが右頬だと理解したのか、ミミルは憮然とした顔でそのホイップを指先で拭って舐めた。一応、ウェットティッシュやティッシュなんかも空間収納にあるはずなのだが、本格的に食事をするつもりはないので出してもらっていない。


「で、こっちも食べてみるんだろう?」

「……ん、食べる」


 フォークの柄を握り、俺の皿に乗ったトプフェンシュトゥルーデルへと突き立てるミミル。だが、上手くフォークが刺さらない。極薄に伸ばしたパイ生地で具を巻いて焼いたものだが、パイ生地の表面はバターでコーティングされ、内側は包んだ具から水分を吸っているので意外に硬い。


「ああ、切れないだろう。ちょっと待って」


 少し意地になってフォークを突き立てているミミルに声を掛けて止めさせる。断面から中身が全部出てしまいそうだ。

 ナイフを手に取って、丁寧に切り分ける。残り全部をミミルに食べさせるわけじゃないから、二切れだけミミルの皿へと移した。


 手間の掛かる娘だよなあ……。


 心の底からしみじみと沸き上がった俺の正直な気持ちだ。

 裏田君に「ほんまもんの親子ですやん」と何度か言われたが、漸く自覚したかもしれない。



この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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