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第353話

 裏田君なら間違いなくツッコミを入れそうなミミルの天然ボケに、俺は声を出して笑った。だが、ミミルの方は真剣そのものだったようで、「なんで笑う!」と言って頬を膨らませて不機嫌そうな目で俺を睨んでいる。


「いや、すまんすまん。あまりに違う内容になっていたからさ。つい笑ってしまった」

「むう……あんず、ちがう?」

「案ずる、だ。少し古い言い方だな。いまなら『案じる』、かな。心配するっていう意味だ」


 どうやら、ミミルが俺のご先祖様らしき方から受け取った日本語の能力だと少し古い言い回しなどは含まれていないようだ。


「あんずる……あんずるよりうにがやすし?」

「違う、子を産むという意味の『産む』と書いて、『産むが易し』と言う」

「しょーへい、産まない、言った」


 確かにミミルは「しょーへいが子どもを産むのか」と俺にたずねた。それに対して俺は「そんなわけがないだろう」と答えたので、ミミルは「産む」と聞こえたのが訊き間違いだったと思ったのかな。


「ああ、俺は男だから産めないからな。でも、子どもをつくる……という意味で正しいよ」

「あんずるより、うむがやすし」

 そうだ、と言って俺はミミルに向かってニコリと笑顔をみせる。こんな笑顔をミミル以外にみせたのはいったい何年前だろう。少なくとも日本に帰ってからというもの、仕事ばかりでそういう余裕がなかったような気がしてきた。


「ほか、ある?」

「いろいろあるぞ。『急がば回れ』なんてのはどうだ?」

「いそがば、まわれ」

「お、上手に言えるじゃないか。意味は『危険な近道を選ぶより、安全な遠回りを選べ』という意味だ。確実に到着しなければ意味がないからね」


 俺が意味を説明すると、ミミルは歩きながらもその白い指先を自分の下顎にあてた。何かを考えているようだ。


〈エルムヘイムにも《時間をかけて急げ》という言葉がある。同じように使う言葉だ〉

〈そうなのか。他にもあるか調べるとたのしいかもな〉

〈ニホンに戻ったら教えてくれ〉

〈ああ、うん。わかった〉


 ごそごそと尻からメモ帳をとってまた書き足す。地上に戻ってやることがどんどん増えてしまうが、なんだか嫌じゃない。


〈しょーへい、見えて来たぞ〉


 ミミルの声を聞いて前方へと視線を向けると、遠くにエルムの木が見える。ということは、この左右は魔物の領域ということだ。こちらは第3層の出口とは方向が違うらしいから戦う必要はないと思うが、少し興味があるから聞いておこう。


〈こっち側にはどんな魔物がいるんだ?〉

〈カイメンという魔物だ。少し進むと沼のようになっていて、そこに生息している。知能は低いのだが、平たい体をしていて背中は硬い鱗に覆われている、連携はしないものの数頭がまとめて襲ってくる〉

〈そ、それは厄介だな……〉


 背中が鱗で覆われていて、平たい体型。地球で言えばどんな動物なんだろうな。沼地に住んでいるとなると……。


〈逆側は数種類の魔物が暮らしている。巣穴の中で暮らすヴォートルという魔物がいるが、これはたいしたことがない。問題はルオルパだ〉


 カイメンのことを考えていると、カイメンがいる沼地とは逆の方向にいる魔物の話になった。あとで、どんな動物なのか図鑑で探してもらおう。いや、動物図鑑を別に買った方がいいかもな。


〈こちら側は低木が生えているのだが、色が黒く夜行性だ。普段は木に登って暮らしている。ルオルパが隠れている枝の高さまで魔力探知が届かないから、夜はこの領域には絶対入ってはいけない。まあ、しょーへいがいれば安心だな〉

〈黒くて木の上で暮らす魔物かあ……〉


 ミミルの解説――夜行性で木の上で暮らすという話を聞いていると、ヒョウに似た生態がある気がする。ただ、大阪の年配者には特に支持されているという黒い斑点模様……ヒョウ柄が基本のはずで、黒ヒョウは突然変異した個体だったはずだ。


〈見に行くか?〉

〈いや、しょーへいの空間収納が優先だ〉


 あと数百メートルでエルムの木だ。相変わらず大きな木で、青々とした葉をたっぷりと茂らせ、第3層の太陽の恵みを全身で集めている姿は少し神々しくある。坂道の下に生えていたエルムの木は高く伸びていたが、こちらは横にもしっかりとした広がりをみせている。どこかの会社のCMに登場する木ほどではないが、誰かが剪定しているんじゃないかと思うくらい、バランスが良い。


〈見る限りラウンはいないようだな〉と、目を凝らしてエルムの木を眺めたミミルが言った。まだ百メートルくらい離れているが、視界にラウンらしき魔物の姿はない。

 とはいえ、目で見える範囲では見当たらないというだけで、大きな枝で隠れているだけかも知れないし、太い幹の反対にある枝にとまっている可能性もある。今回は魔物の領域を避け、安全地帯だけを縫うように歩いているから俺たちが風下にいるわけではない。


〈少し慎重に近づいて、音波探知を使う。いいかな?〉

〈良い判断だ〉


 ミミルも同じ考えだったようで、珍しく俺を褒めて笑顔を向けた。

 長らく褒めないといけない側に立っていると、褒められるという機会が減る。人を育てる立場になれば当然のことなのだが、この年齢になっても褒められるというのは嬉しいものだな。


※ カイメン  : ワニ

※ ヴォートル : イボイノシシ

※ ルオルパ  : 豹


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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