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第352話

〈どうした?〉


 ぶつぶつと日本語で呟いている俺を見かねたのか、ミミルが声を掛けてきた。


〈いや、俺が跳んで向こうの岩が崩れたりしないかと心配でね。それに、跳ぶのはいいんだが……〉


 俺は軽くその場から立ち幅跳びをしてみせる。軽く跳んだだけでも3メートルは超えている気がする。


〈こうして跳ぶにしても、ここ数日で急に身体能力が変わったからね。力加減がわからないんだ。このまま跳んだら、跳び過ぎて川に落ちるかもしれないだろう?〉

〈しょーへいは心配性だな。もし、この岩の先しか見えないくらい水が流れていたらどうする?〉

〈どうすると言われてもなあ〉

〈真面目に考えろ〉


 少し語気を強めてミミルが言う。ちょっと怒っているのだろうか。

 でも俺の視点で物事を考えてみて欲しい。落ちれば魔物がいる川に流されるし、この橋杭岩のような飛び石はどうみても(もろ)い。いや、増水しても流されないってことは、それだけ安定しているってことか。


〈水に流されないくらいには丈夫なのなら、跳んでも大丈夫だと思うかな?〉

〈そうではない。ただの〝トビイシ〟だと思うだろう?〉

〈ああ、そうだな〉


 庭園や川にある飛び石など、水深だとか、どんな風に固定されているか等を考えて使うことがない。大袈裟な話、ドッキリを仕掛けた固定されていない飛び石があっても跳び移ってしまう人は多いと思うし、俺も跳ぶと思う。


〈力加減がわからないのは?〉

〈石と同じと思えばいいのではないか? 低く投げると勢いがあって止まらない。ふわりと石を投げて載せるような感覚だ。それを想像してこのあたりで練習すればいい〉

〈なるほど……〉


 俺は立ち幅跳びの要領で正確に目指した場所へと着地できるよう、できるだけ高く跳ぶ練習を始めた。もちろん、距離も変えて自分の身体に距離感に応じた力加減を覚え込ませた。30分ほど練習をして、そろそろ大丈夫かとミミルの方へと目を向けた。ミミルは地面に座って退屈そうにこちらを見ていた。


〈満足したか?〉

〈ああ、たぶん大丈夫だと思う〉

〈飽きずに練習したあとに、更に準備運動とは恐れ入るな〉


 ミミルに言われて気づいたが、俺は無意識のうちにスクワットをしていた。準備運動というか、たぶん跳ぶときの感覚を忘れないためにしているんだろうな。だが、ミミルには違うように伝わったようで……。


〈では行くぞ〉


 ミミルは華麗に5メートルほど先にある最初の飛び石へと跳んでみせる。

 身長や顔の幼さなどから見るとあり得ない距離を飛ぶ。地球なら世界新記録になるような距離を俺も当たり前のように跳んでいるわけだ。他人が見ていたとしたらすごい違和感があるだろうな。とはいえ、同じことを俺も今からするわけだが……。


「ハッ!」


 短く声を出した俺は次々と岩の先端へ渡っていくミミルを追いかけるように一つめの飛び石へとジャンプした。



 30メートルほどの川幅だが、落ちるとそこに水棲の魔物が待ち構えていると思うだけでヒヤリとする。例えばワニ型の魔物がいたとしたら、下から飛びついてきても不思議じゃない。

 ほどなく5つめの岩の先から対岸へと渡り終えると、とっくに渡り終えていたミミルが口を開く。


〈やってみればできるものだろう?〉

〈まあ、そうだな〉


 2週間前ならできなかったことだ。たぶん、2メートルの距離でも失敗しただろう。勢いよく跳んで、止まれずに落ちるはずだ。ダンジョンに入って身体能力が向上したのはいいが、頭の中にある感覚とのギャップ――ダンジョン内ではそこを埋めていくことが課題だろう。でないと、何かをするたびに練習することから始めないといけない。ともあれ、川は渡ることができた。渡ったということは、戻るときにまたどこかで渡ることになるはずだ。そこに向けて少しずつでも頭の中の感覚を塗り替えていくことにしよう。


〈愚かな者は毎夜目を覚ましてはあれこれ考えて悩む。結局休むことができずに朝になっても疲れが取れないままで、前日からの変化はない……というオティヌスの箴言(しんげん)もある。考えることを私は否定しないが、あまり考えすぎると、身動きが取れなくなるぞ〉

〈そうだな……〉


 ミミルの言うことも尤もだ。ここまで進んできたのだから、止まらずに前に進むしかない。


 オティヌスとは誰なのか知らないが、考えてばかりでは結果が出ない――つまり、考えるよりまず行動しろということなんだろう。


「まあ、案ずるより産むが易し……ってことだな」


 ぼそりと俺が呟くと、ミミルが変なものを見るような目で俺を見上げる。


〈しょーへいが子を産むのか?〉

〈そんなわけないだろう。ニホンの(ことわざ)だよ。何かをする前にあれこれ心配をするものだけど、実際にやってみると意外にも容易くできるものだ――ということを出産で例えたものだ〉

〈ほう、そういう意味を持つ言葉はエルムヘイムにはないな。もう一度言ってくれ〉


 瞳をキラキラと輝かせ、ミミルが俺の袖を引く。


「案ずるより産むが易し」

「あ、あんずよりうにがやすし」


 いや、雲丹(うに)は間違いなく(あんず)より高いぞ。


北欧で「案ずるより産むが易し」に該当する慣用句がないかと探してみたのですが、ないみたいですね。

英語なら〝Action is worry's worst enemy.〟なんて言葉があります。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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