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[SS]お正月

ミミル視点で書いています。

お正月と第四百話目の投稿が重なったので、Special Storyとして投稿することにしました。

昨年投稿した「大晦日」の翌日の様子です。


一万文字以上ありますので、お時間があるときにでもお読みください。


漢数字表記になっています。ご容赦ください。

「ああ、食ったくった……」

「ん、おなかいっぱい」


 ぽっこりと膨らんだお腹を(さす)りながら店の暖簾を(くぐ)って外に出た。


 朝から、しょーへいに連れられてきた店で食事をしたところだ。

 白いミソ汁の中に、丸い餅というものが入ったゾウニという食べ物を食べた。餅というのは米を蒸してから()いたものだそうで、軟らかくてよく伸びる。この店の場合は、丸い餅がふたつ、帯状に削ったカツオブシと刻んだネギ、柑橘の皮が入っていた。味噌が甘く、カツオブシとコンブの出汁が効いていてとても美味しい料理だ。

 それ以外にも料理がついてきたので、お腹がいっぱいになるほど食べたというわけだ。


 しょーへいの話だと、家庭によっては間引きしたダイコンや赤いキントキニンジンという根っこ、ミツバという草を入れたりするらしい。


 時刻はまだ昼前だが店の前には行列ができていた。

 ()だかまだかと待ち続けているせいか、食事を終えて外に出てくる客がいればつい視線を向けてしまうのだろう。我々にたくさんの視線が注がれているのを感じる。

 我々が来たときは三組ほどしか並んでいなかったというのに、いまは八組ほど並んでいるのだから仕様がない。


「つぎ、どうする?」

「年の初めだからな。ご先祖様に挨拶に行こうと思ってる」


 しょーへいのご先祖様はジドウシャで少し行ったところにある神社という場所で学問の神様として祀られている。私がニホンゴを聞いて話せるようになったのは、その神社に行ったときに聞いた声のおかげだ。


「……ん、あいさつ」


 どこか生真面目なところがあるしょーへいのことだから、一年のあいだ、平穏無事に暮らせたことのお礼を言いに行くとでも言いたいのだろう。もちろん、私もついていくに決まっている。神社の境内にはあんこを(くる)んだ餅を出す店があるのだ。あの神社にお参りに行くという話を聞けば、期待で胸が膨らんでくるのは道理というものだ。


 大通りに出たところで、ほとんどの店は休業している。


 ――昔から、ニホンでは一月一日は年神様が各家庭にやってくるから、何もせずにお迎えするんだ。


 先ほどの店に向かう途中、多くの店が休んでいる理由をしょーへいにたずねてみたら、概ねこのような返事がきた。ニホンには数千万も世帯があると聞いているので、各戸に行くとなると年神様もたいへんだ。

 では、人通りが少ないのかと聞かれるとそうでもない。

 大通りには人が溢れかえっていて、押し合い圧し合いしつつ横断歩道へと向かっている。

 しょーへいは暫く呆然とその光景を見つめ、呟いた。


「こっちから行くか……」


 同時にしょーへいは北へと向かって歩き出す。

 屋根のついた歩道に沿って並ぶ店は、喫茶店やコンビニ、ファストフード店以外は営業していないし、道路を行き交うジドウシャの数も極端に少ない気がする。

 横断歩道を渡り、商店街へと入ると人通りはあるものの、店が営業していないのでとても閑散とした空気が漂っていた。


「このまま天神さんまで行くが、いいか?」

「……ん、だいじょうぶ」

「トイレも大丈夫か?」

「もんだいない」


 しょーへいは寒いと用を足したくなると言っていたことがあるが、私は魔法で気温調節しているので暑い寒いは気にならない。逆に、しょーへいはまだそこまでの魔法が使えないから、寒いとトイレが近くなるし、暑いと喉が乾いたと水を多く飲むことになる。まあ、仕様がない。

 左折すれば家の方に出る道をそのまま直進し、私としょーへいはジドウシャを預けている場所へと向かった。



 助手席に座らされ、到着したのは以前、私が〝日本語Ⅱ〟の技能を授かった神社だ。前回来たのはまだ店が開店する前のこと。それから半年以上が経過しているが、前回と比べると……


「すごい、ひと、ひと、ひと……」


 ジドウシャの中から境内を眺めているだけだが、お祭りでもしているのかと思うほどの人の数だ。

 ただ、自然と左側通行で進むようになっているようで、人が多いのに整然としている。エルムヘイムでこのような祭りがあればどうなるだろう……と、思いだしてみるが、どうにもこのような規模で人が集まったところに行った記憶がない。私とフレイヤの屋敷は貴族街にあったので余計に祭りとは縁遠かったし、自分たちが凱旋するようなことがあっても、誰かが凱旋する姿を見るという機会もなかったのだ。

 遠くにはいくつも屋台が並んでいるのが見える。お好み焼き、たこ焼き、とうもろこし……美味しいものがいっぱいありそうだ。

 ふと視線を落とすと、まだお腹はぽっこりと膨らんだままで、そんなに食べられそうにない。


「しょーへい、屋台、買い物、いい?」

「いいけど、後でだ。先に買ってしまうとお参りできないからな」

「あ、うん……」


 つい空間収納に仕舞うことを考えてしまうが、ニホンジンが(ひし)めき合う中で買った料理を空間収納に仕舞うことはできない。だからお参りする前に買い物をすると、両手が塞がってしまう。これだけの人混みの中でしょーへいから(はぐ)れてしまうと見つけるのもたいへんだ。それに、いざ拝殿前に立って二礼二拍手とはいかない状況になるのも不味い。

 などと考えている間に私を載せたジドウシャは滑るように駐車場へと入っていく。

 駐車場もほぼ満車状態なのだが、警備員らしき人が丁寧にも誘導してくれるおかげで円滑に停めることができた。


「混んでるから、こっちから入るぞ」


 しょーへいは神社の正面ではなく、東側から境内へと進む。もちろん、あんこの入った餅が売られている店が私の目に入る。

 だが、しょーへいの目には映らなかったようで、どんどん奥に向かって歩いていく。


「しょーへい、お餅」

「あとで、あとでだ」

「……ん」


 美味しそうに店の外であんこ入りの餅に齧り付く人たちを横目に、右手を引かれて境内を進んで行くと、前回とは様子が異なることに気が付いた。


『ねえ、しょーへい。気がついた?』

『ん、何のことだ?』


 どうやらしょーへいは魔力視を切っていて気が付かないようだ。

 前回、この神社に来たときは僅かな魔素が確認できただけだが、今回は魔素の量が明らかに増えている。


『前回、ここに来た時よりも魔素が濃い』

『え!? 本当か?』


 しょーへいも慌てて魔力視を展開し、周囲へと目を走らせる。

 前回は周辺に生えている木からごく僅かに洩れていた魔素が、今回は全体に木を覆うように膜を作っている。

 しょーへいも前回からの変化に気が付いたようで、焦ったように言葉をもらす。


〈いったいどういうことだ?〉

〈私にもわからん。前回はダンジョンの残滓だと思っていたが、違うということは確かだ〉


 奥にある地主社とかいう場所が最も魔素が濃かったのだが、いまはその場所と同じ、いやそれ以上の魔素の濃度で周囲の木々が覆われている。ダンジョンの残滓だとしたら、魔素の量が増えること自体がありえない。


〈しょーへいはどう思う?〉

〈前回との違いは、季節、あとは境内にいる人の数、か。神様ってのは信仰する人がいなくなると消滅するんだとかいう話を何かで読んだ気がするんだが、案外それって正しいのかもな、なんて思ってるよ〉


 しょーへいが見つめる先には、本のようなものを片手に建物の窓口に並ぶ人たちが見える。


〈あれはなんだ?〉

〈御朱印だな。仏教はお経というものを唱えるんだけど、般若心経というお経を書き写す『写経』を寺に納めると、御朱印が貰えるというのがあってね。それが広まって神社でもやるようになったものだ。あのように、信仰心を多く集めると魔素が増えるのかも知れない、ってことだ〉

〈ふむ……〉


 歩きだしたしょーへいに右手を引かれ、手水舎で身を清めたら拝殿の方へと移動した。

 前回は拝殿前でお参りをする際に老人の声が聞こえたのだ。今回も期待して良いのだろうか。

 しょーへいが鈴緒(すずお)を持って鈴を鳴らし、二礼済ませて二拍手をする。

 少し騒がしい境内に響く音が、気持ち良い。

 次は私の番だ。

 鈴緒(すずお)を持って、鈴を鳴ら……鳴らし……身体強化して鈴を鳴らした。

 続いて二礼、そして二拍手。


 ――ぺちぺち


 私もいい音を立てたいのだが、悔しい……。


『どうかいい音が出せますように……』、ではない。


 しょーへいなら何をお願いするだろう。

 毎年十万枚の絵馬というのが掛けられる。そんなにお願いをされているのに、ご先祖様の仕事を増やしちゃいけない……というようなことを言っていた。ならば私は……。


 手短にお礼を済ませ、最後に一礼を済ませる。

 しょーへいはとっくに自分のお参りを済ませていて、私が頭を下げるのを待っていてくれた。


「何をお願いしたんだい?」

「ないしょ」


 小恥ずかしくて答えられるわけがない。これからも墓まで持って行くぞ。


「そっか、まあそうだよな」


 だいたい、人に願い事を話すと叶わなくなると私に教えたのはしょーへいだ。だから、聞くだけ野暮なのだ。


 などと考えていると、目の前にしょーへいの左手が差し出された。


「ほら、行くぞ」

「……ん」


 人ごみの中、押し流されて迷子にならないように気を遣っているのだろう。しょーへいの手を右手で握り返す。水仕事もあるので、手袋をはめたような大きさ、厚い皮に覆われた手だというのに妙に暖かく軟らかい。

 その手のぬくもりを楽しみながら、私たちは歩きだした。


 参道に並ぶ屋台でたこ焼きとお好み焼き、焼きそば、とうもろこし等を買った。他にも綿あめや、箸巻き、ミルクせんべい等々の店が並んでいるのだが、しょーへいと手を繋いで歩く以上は、空いている手は二つしかない。持てる量にも制限があるので、非常に遺憾ながらも諦めたのだ。


「こういう屋台の焼きそばって、妙に美味いんだよ」


 さっきまで腹いっぱいだとか言っていたしょーへいが、薄く焼いた卵でやきそばを包んだオムソバとかいう料理を頬張っている。もちろん、半分食べたら私が残りをいただくが、美味そうだ。


 そこでしょーへいの電話が鳴った。


 残り四分の三くらいになったオムソバの容器を私に差し出し、しょーへいが電話に出る。


「高辻です。ああ、おつかれさま。え、ああ……うん。俺としては助かるけど、いいのか?」


 相手が誰だか気になるが、普段なら少し漏れ聞こえてくるはずの相手の声が周囲の喧騒のせいで全く聞こえない。


「ああ、いまは上七軒のあたりにいるんだよ。うん、そうそう。もう帰るから、一時間くらいしてからなら大丈夫だぞ」


 しょーへいの声ばかり聞こえてくる。返事の内容からすると、家に戻ってから何かあるという感じだろうか。

 気になって気になって箸が止まらない。

 焼きそばという料理は夏祭りの際に食べたのが初めてだが、それを更にトロトロに焼けた卵で包んで食べるなど、考えたニホン人は天才だと思う。そもそもソース焼きそば自体、ソースだけでは濃厚すぎて(くど)くなりがちなところを、紅ショウガやネギのアクセントで変化させている。それでもソースの(かど)はどうしても残ってしまうものなのだが、それをこの半熟の卵が優しく包み込んでいる。

 焼きそばは、卵で包むことにより完成に至った……そう宣言できるだろう。


「うん、じゃあまたあとで」


 しょーへいの電話が終わったようだ。別にメッセージソフトでやり取りすればいいものを、わざわざ電話してくるなど、そんなに急ぐ用件だったのだろうか。


「田中君が実家の製餡所のあんこを使ってぜんざいを作ってくれるっていうんだ。あと、田中家の雑煮で良ければ作ってくれるらしい」

「ぜんざい?」

「ああ、粒あんをお湯で伸ばして、少し味を調えたところに焼いた餅を入れて食べるんだよ。甘くておいしいぞ」


 あんこをお湯で緩くしたあんこ汁を作り、そこに焼いた餅を浮かべる――想像しただけで美味そうだ。

 口の中に涎がドバッと溢れ出していっぱいになる。それをごくりと飲み込んだ。


「ん、食べる」

「じゃあ、裏にあるあんこ入りの餅屋は寄らなくていいか?」

「駄目、あれはまた別」

「さいでっか……」


 あんこ入りの餅を諦めない私の姿を見てのことなのか、それとも僅かな間でオムソバを私が完食してしまったからなのか……それは不明だが、明らかに呆れたような表情でしょーへいが返事をし、私の手を引いて裏口の方へと歩いていった。



 四十分ほどかけて、私としょーへいは家に到着した。とはいえ、いまはしょーへいが家の前にジドウシャを止めようと動かしている。

 私の目の前には既にモモチチが大きな袋を持って立っていた。しょーへいのジドウシャをどこかぼんやりと見つめて言う。


「ミミルちゃん、どこ行ってたん?」

「じんじゃ」

「上七軒って言うたら、天神さん?」

「……ん。しょーへいのご先祖」

「お寺さん?」

「ちがう。しょーへいの先祖、神様」

「え?」


 モモチチは私の言葉の意味がわかっていないようで、とても不思議そうにこちらを見つめたまま、首を傾げている。だが、私もそこまで詳しいわけではない。知っているのは、しょーへいの先祖が学問の神様として祀られているということくらいで、先祖の名前などは知らない。なぜ一人の人間が神になるのかも理解できていないが、そういうものなのだろうと思うことにしている。「そこを追求したところで俺も理解していないし、正解はどこにも無いんだ」という返事が返ってきたからだ。


「くわしいは、しょーへいにきく。いい?」

「え、うん……」


 先ほどまで興味津津といった表情をしていたモモチチだが私が、詳しくはしょーへいにたずねるように、と言うと思案気な表情で返事をした。

 店の厨房が見える窓のところにジドウシャを止めたしょーへいが、モモチチに声を掛ける。


「休みだというのに、わざわざすまないね。ありがとう」


 店の防犯装置を解除して扉を開けるしょーへいが、どこか颯爽としている。これも身体能力が上がったが故のことなのだろう。


「いえいえ、せっかくやし。ミミルちゃんも甘い物が好きですから、ね?」


 なぜか最後に私の方へと視線を向けるモモチチ。そこに何か隠された意図がある気がして仕方がないのだが、甘いものを食べられると言われればただ頷くしかない。これでモモチチがへそを曲げたら私だけが食べられない、なんてことになりかねないからな。

 一瞬、しょーへいが私の表情を読み取ろうとして目線をこちらに向けるが、異論がないと思ったのか、扉を開けて中へとモモチチを案内する。


「時間もちょうどいいし、早速(さっそく)お願いしていいか?」

「あ、ほんま。ええ時間ですね。すぐ用意しますね、でも……」

「ん、どうした?」

「器、どうしましょ?」


 困ったような表情でモモチチがしょーへいを見上げる。

 そのモモチチへと視線を合わせるしょーへい。

 二人で見つめ合うように視線を合わせて会話しているのを見ると、なんだか胸の奥がモヤモヤとする。いったい何だというんだ。


「ああ、取ってくるよ」


 モモチチが「はい」と答える間もなく、しょーへいは二階の部屋に向かって階段を駆け上がっていく。隠し階段へと消えるしょーへいの後ろ姿を見送りながら私は考える。


 ――どうしよう。

 二階に向かおうとしたところで、すぐにしょーへいは器を持って下りてくることだろう。かといって、私が一階ですることといえば、トイレに入るか、風呂に入るか……くらいのものだ。


「あの、ミミルちゃん。一緒に作らへん?」

「……ん?」

「簡単やし、ぜんざい、一緒に作らへん?」


 ジッと見つめてくるモモチチ。そういえば、最初にティラミスを一緒に作って以来、何度かこうして料理をしている。料理のパートナーとして私を認めた……ということか?

 ならば仕方あるまい。この大賢者たる私が手を貸してやろうではないか。


「……ん、手伝う」


 私の返事を聞いて、モモチチは「ありがとう」と礼を言う。なに、大したことではない。

 先ほどの話では湯であんこを溶き、そこに焼いた餅を浮かべるだけだろう。


「って言うてもたいしたことあらへんけど……」


 厨房へと進むと、モモチチは持って来た荷物からあんこや餅が入った容器を取り出した。他にも味噌らしきものや、細くて小さなダイコンと、紅色のニンジンなどが入っているようだ。

 そうして私が興味深そうにその容器を覘いていると、その視線に気づいたモモチチが中身を教えてくれる。


「こっちはお雑煮の用意なんえ。里芋に雑煮大根、金時人参ね。これは白味噌で、この緑のは三つ葉」

「……ん」


 朝に食べた雑煮とは違って具が多い。このゾウニダイコンというのがしょーへいが言っていた〝間引きしたダイコン〟というものなのだろう。おでんとかいう料理に入っているダイコンと比べてすごく細い。

 すると、急いで階段を下りてくる足音が聞こえ、扉からしょーへいが現れた。


「田中君、これを使ってくれ」


 しょーへいが差し出したのは、私が〝日本語Ⅱ〟の技能を授かった日に買った揃いの汁椀と、しょーへいが一人暮らしのときに使っていた汁椀だ。

 調理台の上に置かれた汁椀を見て、モモチチは微妙な顔をして言葉を返す。


「あ、ありがとうございます」


 その目には明らかに動揺の色が浮かんでいるのだが、この汁椀を見ただけで顔色が変わるようなことが……なるほど。ここは、はっきりと意思表示をしておく必要がありそうだ。


「赤はミミル、黒はしょーへい、モモチチはこれ」


 揃いの汁椀は一対しかなく、残った汁椀は見るからに安そうで使い古されたものだ。

 だが、揃いの汁椀はしょーへいと、私のもの。


「いやいや、せっかくだし田中君が黒いのを使えばいい。俺はこっちの椀でいいから」

「いえ、うちはお餅ひとつやし、こっちで」


 しょーへいが使っていた古い汁椀は新しいものと比べて小さい。確かに店で食べたような餅を二つも入れるのは厳しい大きさだ。


「いやいや、この使い古した椀を田中君に使わせるわけにはいかないよ。じゃあ、店の――これで食べるか?」


 しょーへいは店で使っているサラダなどを入れる器を取り出した。大きさや形も比較的汁椀に近い感じの白い磁器だ。


「あと、これも必要だろう?」


 しょーへいが差し出したのは、ダンジョンで肉を焼く際に使う網だ。安価なのでまとめて何枚も買い込んでいたのを覚えている。餅とかいうものを焼くのに使えということだろう。

 モモチチは網を受け取って、ありがとうございます、と礼を述べた。


 モモチチは小さめの鍋を取り出すと、計量カップという目盛りがついた器で水を入れ、火にかける。そして持ち込んだあんこを容器から掬い入れた。

 更にしょーへいから受け取った網を焜炉の上に置いて点火する。チチチッと小さな音がしてコンロから出る燃料に火が着いた。

 モモチチは私を子どもだと思われているはずだから、餅とやらを焼く作業を私に任せることはしないだろう。と、なると私は……。


「なに、てつだう?」

「ここに入ってる塩昆布をお手塩(おてしょ)に盛り付けてくれる?」

「……ん」


 言われた通り、モモチチが取り出した小皿に箸を使って盛り付けていく。

 この塩昆布というのは、他の店で食事をする際に漬物と共に出てくることがある。普段はもっとベットリとしているが、これは塩を()いたような見た目をしている。どんな味をしているのか気になる。


 盛付けを終えた頃には鍋の中からグツグツとあんこが煮える音が聴こえ、甘い匂いが漂ってくる。その隣では網の上に丸い餅が弱火で炙られていて、焦げた芳ばしい香りが漂ってきた。モモチチが菜箸で餅を裏返すのを見ていると、昼間に食べたものと比べて表面が硬いように見える。こうしてみると、餅というのは硬いのか柔らかいのかよくわからん。

 モモチチが焼けて少し焦げた表面を長い箸でポンポンと叩くと、表面に罅が入った。その直後の光景を見て、私は声をあげる。


「おおっ!!」


 何故か中から柔らかそうな白い餅が顔を出し、まあるく、風船のように膨らんだのだ。


 ――まさか、さっき箸で叩いたのは、何かの魔法だったのか?


 いやいや、モモチチには魔力はない。ではいったいなぜだろう。


「表面を割っとくと、中の空気が膨らんで行き場がのおなったお餅が割れ目から顔出してプウッと膨らむんえ」


 ほおお、そうなのか。いや、そういえば空気は熱すれば膨張するとしょーへいが言っていた。

 大きく膨らんで、餅がとても大きくなったように見える。


「膨らんだら中まで熱が入った証拠。あとはこうして……」


 モモチチは焼けて膨らんだ餅を鍋の中に入れ、汁の中に漬けていく。そして、あんこの汁を吸った餅をしょーへいが用意した器へと(よそ)う。餅が二つ入っているのが私としょーへいの分。残りのひとつがモモチチの分だ。


「これでできあがり。ミミルちゃん、お父さん呼んできてくれる?」

「……ん」


 そういえば知らぬ間にしょーへいがいなくなっている。もしかすると、ジドウシャを駐車場へと仕舞いにいったのだろうか。いや、窓の外に停まっているのが見える。二階にいるのだろうか。

 いや、念話で呼びかければ済むことだ。


『しょーへい、どこにいる?』

『いま、洗濯しているところだ』

『わかった』


 私はしょーへい本人に居場所を確認し、迎えに向かった。


 二分ほどして、私としょーへいが客席に座っていると、モモチチが店のトレイに器を載せて料理を運んできてくれた。


「おおーっ」


 そっと私の前に差し出されたトレイには、白い器。粘土から作るのではなく、石を砕いて焼いて作るらしい。そこに赤黒い汁がたっぷりと注がれていて、少し焦げた餅が浮いている。横に置いてあるのは私が盛り付けた塩昆布とかいう食べ物と、黄色い……お茶だ。


「美味そうだな」

「うちの家の味ですからね。美味しいはずですよ」


 褒められて嬉しいのか、モモチチの声が弾む。

 ただ、水であんこを溶いただけだというのにたいした自信だ。


「いただきます」


 手を合わせ、モモチチを覗き込むように感謝を述べてから箸をつける。


「熱いから気いつけるんえ」

「……ん」


 モモチチに言われるがまま、息をフウフウと吹きかけ、表面を冷やしてからいただく。

 表面が焼けた餅は香ばしく、だがあんこを溶いた汁を吸って表面がねっとりとしていて箸では摘まみにくい。だから、先ずはあんこを溶いた汁を器の縁に口をつけて啜ってみる。

 豆の匂いがプンッと口の中に広がる。あんこの汁は舌に少しだけザラりとしているが、触感以上にその甘さがギュッと舌に染み込んでくる。


「甘い、美味しいっ!!」

「ああ、うまいな」

「うふっ、ほっとしました」


 私やしょーへいが食べるのを見つめていたモモチチの表情が弛緩して柔らかい笑みに変わった。

 別に私やしょーへいは審査員でもなんでもないのだから、そこまで緊張する必要などないと思うのだが不思議なものだ。


 箸で餅を摘まみ、噛り付く。焦げた芳ばしい香りが口の中に広がり、焼けて少し表面が硬くなった部分から少しずつ歯が食い込んでいく。中は意外にも軟らかい。食いちぎろうと箸で餅を引き離そうとすると、餅が伸びていく。際限なく伸び続けそうな勢いだ。


「んんっ……」


 手をいっぱいに伸ばさないといけないのではないかと思ってしまうほど餅が伸び、少し焦って声が出てしまった。ぴらぴらと伸びた餅の食感を楽しみながらふと視線を上げると、モモチチとしょーへいがこちらを見ている。視線がどこか暖かい。


「甘い物に慣れると舌が重くなってくるから、たまに塩昆布を齧るといいぞ」


 と、言ってしょーへいが私が盛り付けた塩昆布を箸に摘まんで口へと放り込む。


「甘いもん、しょっぱいもん、甘いもん、順番に食べるのって、楽しいですよね」


 なんだか嬉しそうに笑みを湛えてモモチチがしょーへいに話しかけた。


「ああ、考えた人は天才だよな」

「ええ、そうですねえ」


 何故か二人の世界ができているようで腹立たしい。

 私も話に入りたいが、甘いものと塩辛いものを交互に食べるというのは経験がない。焼き立てのホットケーキに冷たいソフトクリームを載せた料理を喫茶店で食べたことはある。あと、店でもジェラートにエスプレッソを掛けたアフォガートというのがあったはずだ。あれは甘く冷たいものに、苦く熱いものの組み合わせだ。


「甘い、しょっぱい、他ある?」

「ポテトチップスにチョコレートとか鉄板だな」

「ハンバーガー屋さんのフライドポテトとバニラシェイクもええと思います」

「ああ、その組み合わせは試したことがないなあ」

「塩せんべいに羊羹、そこに濃い目の渋いお茶もええんとちゃいます?」

「ああ、それは美味そうだな」


 むむむっ……これでは盛り上がるネタを私が桃香(とうか)に投下しただけじゃないか。

 いや、駄洒落を考えている場合ではない。


「あ、そうそう……ミミルちゃん」


 モモチチがポケットから小さな封筒を取り出して差し出してきた。私はそれを受け取り、表にかかれている文字を読む。


「おとしだま?」

「なんだ、そんな気を遣わなくていいよ」


 封筒を受け取った私を見て、しょーへいが慌ててそれを制そうとする。


「日本の正月はね、大人がぽち袋にお小遣いを入れて子どもに渡す習慣があるんえ」

「いやいや、そんな気を遣わなくていいから」

「ええんです、ミミルちゃんは可愛いさかい」


 二人がいろいろと説明してくれるのはいいが、また子ども扱いか。まあ、私はしょーへいの子どもということになっているから仕様がないか。


「ほら、ミミルもそれを田中君にお返しして」

「ええんよ、それで好きなもの買おたらええから」


 しょーへいはモモチチへの気遣いと、私が子ども扱いされて怒り出すんじゃないかという心配……そのふたつに挟まれて少し慌てているようだ。

 一方のモモチチは……しょーへいのことが好きだと言っていたからな。その娘ということになっている私ともっと仲良くしたいのだろう。仕様がない……。


「あ、ありがとう」

「ミ、ミミル?」


 しょーへいが驚いたような声でこちらへと視線を向けた。

 私が怒り出すとでも思ったのだろうか。

 半年と少し経ってしょーへいも成長した。ならば私も成長したところをしょーへいに見せねばならないと思うのだ。

 それに、私はしょーへいの伴侶……共に添い遂げる約束をしたのだから、たかだか二十四、五歳の小娘の戯言ではもう動揺しない。た、たぶん……。


ミミルがある日本語が少し話せるようになったきっかけは昨年の大晦日のSSを公開した時点ではまだ書いていませんでした。

第240話から第243話あたりまでの内容を公開したからこそ、今年になって天神さんに行くという話が書けたという形です。

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