第23話
一時的に着るための服を買うのだから、近くのデパートで選ぶのにも少し抵抗がある。
とはいえ、俺の店の近くには有名量販店のような店が少ない。
そんなに時間をかけてミミルを待たせるわけにもいかないので、とにかく色んな店を覗いてまわった。
一時間以上かけて歩き回った結果、Tシャツ地でできた濃いグレーのワンピースを一枚と、靴下、スニーカーを選んだ。
スニーカーのサイズは昨夜、寝る前に測っておいたのだが、そのときのサイズよりもひとつ大きめのものを選んでいる。だが念の為、サイズが合わなかったら交換してもらえるよう店の人にも頼んでおいた。
◇◆◇
家に帰ると、またミミルの気配がなくなっていた。
探してみると、裏口に置いていたミミルのブーツが見当たらない。
「暇だからダンジョンにでも潜ったのかね?」
迎えに行くことはできるが、俺が行けるのは草原のところまでだ。
あの先に何があって、どんな魔物がいるかは知らないし、倒せる自信もない。
となると、戻ってくるのを待つしかない。
ミミルはダンジョン管理者だから、無事戻ってきてくれるはずだ。
店の中で、ミミルを待つ。
一〇分ほど経って、やはりダンジョンからミミルが現れた。
「おかえり。なにしてたんだ?」
『ダンジョン、いりぐち、でぐち、かくにん』
入口から入って、出口から戻れるかどうかを確認したのだろうか。あの広いフィールド全体を駆け回って、こんなに早く帰ってこられるのか疑問だが、無事であればなによりだ。
どうやら、好きなことや興味があることに目を向けることができれば、気が紛れるのだろう。
そういえば、ダンジョンの中だと生き生きしていたような気がする。
さて、出かける前に、また言葉を教えておこう。
「新しい言葉を教えるよ。いいかな?」
『ん――覚える』
俺は左手に店の鍵を持ち、右手で指す。
「これ」
「これ、これ」
うん、正しく発音できている。
次に鍵を離れた少しところへ置いて戻ってくる。
ミミルは不思議そうに俺を見ているが、気にせず続ける。
「あれ」
離れたところにある鍵を指して言うと、ミミルは俺が何を言ってるのかすぐに理解したようだ。
「あれ!」
二度ほど「あれ」を繰り返して、ぱたぱたと走って鍵を拾ってくる。
「これ」
また家の鍵を指し、今度は先に教えた「これ」と発音する。
これで店の外に出て興味があるものを見つけても、俺にそれが何なのか尋ねることができるだろう。
「これなに?」
念の為に昨日教えた「なに」と組み合わせて使ってみる。
「あれなに?」
ミミルも理解しているようで、組み合わせて使ってみせた。
さすが、〝賢き者〟という意味の名前があるだけのことはある。
俺が拍手してみせると、ミミルはそれが称賛の意味だとわかったようで、少し俯いて口元を緩め、小さく手を叩く。
やはり見た目も美しくて可愛いが、仕草までかわいい。年齢はアレだけど……。
「ミミル、服と靴下、靴を買ってきた。着てみてくれるかい?」
『ふく! きる、そといく』
また目をキラキラとさせながら俺のことを見上げてくる。
透き通った赤い瞳に見つめられると、つい引き込まれそうになる。
いやもしかして……。
「もしかして、ミミルはアルビノか?」
『なに? わからない』
アルビノという単語が通じないか……言葉を変えよう。
「ミミルは、色素が薄い体質なのか?」
『ん、そのとおり。め、はだよわい』
この季節は紫外線が特に強い。
サングラスか紫外線をカットできるカラーコンタクトを用意しないといけないな。あとは日焼け止めか……いや、そんなので効くのか?
「そうか、ちょっと調べるからその間に服を着替えてくれるかい?」
『もちろん』
ミミルは着替えを手に持つと、脱衣場の方に向かって走っていった。
俺はその間にアルビノについてスマホで調べることする。
ミミルは異世界の人間だから、地球人とまったく同じかどうかはわからない。
だが、地球人の場合だと、とにかく紫外線……特に、SPF値が高くて紫外線をカットできる日焼け止めを塗ることと、長袖や帽子、紫外線をカットするサングラスが必須らしい。
ダンジョンは異次元の先にある他の宇宙世界を切り出した世界の模倣品だから、強い紫外線を発する太陽のようなものがないのだろう。
紫外線に悩まされずに済むという意味では、ミミルにとってダンジョンは天国のような場所なのかも知れないな。
さほど間を置かず、俺が買ってきた普段着に着替えたミミルが戻ってきた。
タグやサイズシールも残っていないことをチェックし、スニーカーを履かせる。幸いにもサイズはちょうどいいようだ。
『きがえ、そと、いく』
「そうだな。行こうか」
ワンピースは半袖、足もくるぶしから露出してしまう。
ただ、やはり異世界から来たミミルにとって、紫外線の影響はどの程度あるのかわからない。
試すと言ってはなんだが、危ないようならすぐに戻るしかないだろう。
沓脱石のところに置いていた自分の靴を履くと、左手をミミルの方に差し出す。
ミミルの冷たくて柔らかい、小さな手の感触がそこに伝わると、俺は店の扉を開いて外に足を踏み出した。






