第4話
えっと、“かしこきもの”って……「賢き者」だよな。「畏き者」の方か?
いや、それよりも「いせかい」って、「異世界」だよな?
思わず「こりゃどうも……」って感じで自分のことを紹介しそうになったけど、「異世界」で間違いじゃないよな?
『なまえ……まちがい。なまえ、“かしこきもの”。なまえ……』
なるほど、まだ正しく翻訳というか、変換ができないのだろう。
“かしこきもの”の意味が「賢き者」であれば、ソフィアやジェイダみたいな名前なのかな?
「カノ=ミミル」
頭の中に伝わらないよう、少女はわざと声に出して言った。
「そうか、カノ=ミミルね。ミミルでいいか?」
『いい。あなた、なまえ?』
ミミルがじっと俺の目を見て心の中に話しかけてくる。
慣れないな……。
「俺の名前は高辻将平。高辻が名字、将平が名前だ」
ミミルの目が大きく開き、少し驚いたような表情に変わる。
俺、何か驚くようなこと言ったか?
『みょうじ、きぞく?』
彼女がいた世界では、名字は貴族だけが名乗ることを許されているんだろうか?
日本も昔はそういう風習があったって言うからな。だが、これは説明が難しいぞ。
高辻家は、菅原道真公の子孫である高辻是綱から繋がる堂上家のひとつ。公家の家系だから貴族であると言えないでもない。
ただ、うちは本家ではないし、現代では身分制度が廃止されている。
正確に伝えるには返事が難しいが、伝えるべきことは……。
「この国には身分制度がない。だから、国民すべてが名字を持っている」
『――!?』
ミミルは瞠目して驚いているようだが、声がでないように空いた右手で口に蓋をした。
別に蓋をせずに言葉にしても意味がわからないので問題ないのだが……。
身分制度があるのが当然という環境で生まれ育ってきたのなら、現代日本は夢のようなものだろう。驚くのは無理もない。まあ、現実的には皆無とは言えないんだが、建前上はこの国において身分制度はないといっていいだろう。
さて、まだ見た目は小学5年生くらいだ。中二病を罹患するにはまだ数年早い気がしないでもないが、最近の子どもは早熟だとも聞く。
そんなことも考えると「異世界から来た」という話もどこまで信用していいのかわからない。
まぁ、見た目もありえないくらい美しいし、この魔法のような何かで俺の頭の中に直接話しかけるということができる時点で、ミミルが尋常ではない存在であることは認めよう。
そして、見た目で判断していいのかどうかもわからないので、念の為に年齢を確認しよう。
これが見るからに成人女性なら年齢を尋ねるのは失礼だろうが、見た目は小学5年生くらいの少女だもんな……。
「歳はいくつだ?」
『ねんれい、きく……しつれい!』
むむ……異世界でも女性に年齢を尋ねるのは失礼にあたるらしい。
俺からすれば「小学4年生かな? それとも5年生?」って感じで尋ねているだけなんだが……。
「ごめんごめん、でも俺には幼く見えるんだよ。それこそ、10歳か11歳くらいな感じかな?」
『こども……ない。わたし、おとな』
おとなと言われても、見た目は本当にそれくらいなんだよな。
ローブを着ているせいではっきり確認できないけど、全体的に小さいからさ……。
「じゃ、いくつなんだ?」
ミミルはぷうと頬を膨らませると、下から睨みあげるように俺の目を見つめた。
『ひ、ひ……』
頬が赤くなっているところをみると、怒っているのだろうか?
正直、家の敷地に大きな穴を開けられた俺の方はもっと怒っていいと思うんだが……。
『ひゃく、にじゅうはちさい……』
「ふぅん……って、まじか!?」
どうみても128歳には見えない。ど、どうみても小学生にしか……。
というか、ギネスブックに世界一認定される年齢じゃないか。
それでこの見た目って……。
ミミルは右手でフードを持って、後へグイと引いて脱いだ。
彼女の髪は布を広げるようにふわりと舞い、さらさらと背中に落ちていく。
すると、その髪の隙間から小さく尖った耳が見えた。
ま、まさかエルフとか?
いや、小さいからピクシーか?
ピクシーだと全体的に大きすぎるか……。
「ま、まさかとは思うが、エルフとかそういう種族なのか?」
『“エルフ?”……しらない。わたし、いせかい“にんげん”……』
〝にんげん”ということは、名前のときと同じ現象かな?
つまり、異世界で彼女たちは「人間」に該当する言葉で自分たちの種族を呼んでいるのだろう。
俺たちも、自分たちのことを「人間」とか「ヒト」などで呼ぶのと同じ感覚だな。
俺は彼女の耳をじっと観察した。
実は俺のような地球の人間でも先祖は犬や猫、猿のように耳が尖っていたらしく、進化とともになくなっていったということは本かなにかで読んだことがある。また、その名残がダーウィン結節として残っている人たちがいて、中にはそこが尖っている人もいる。
その場合は、ピョンと一部が尖るような形になるようだが、少女の場合は明らかに名残ではなく、尖った先まで綺麗なカーブを描いていた。