第346話
少し緊張していたのか、それとも少し興奮してしまっているのか……原因はわからないが、力が入りすぎてしまったようだ。
直前に投げたエアブレードは魔力の塊を投げるようなもの。アイスブレードは実体化した氷の刃を投げるからその違いなのかも知れない。
「しまったっ」
言ったところで仕様がない。
切り飛ばされたリュークが断面から汁を周囲に撒き散らしながら倒れた。
漂ってくる香り……いや、匂いは明らかにタマネギの匂い。それも少し腐敗したような匂いだ。
これは、背後にいるはずのミミルが怒ってるかもしれない……。
飛び散った汁を浴びた他のリュークはと言うと、その臭い汁を浴びて余計に興奮し始めたようだ。荒く息を吐きながら、頭の葉を揺らしてこちらへ向かってくる。
とはいえ短い手足でヨチヨチと歩いているだけだ。あのバランスで立って歩いていること自体、奇跡だもんな。
『力を入れすぎだ』
「ああ、わかってるよ」
ゴルフでも、優勝争いとなると最終ホールに近づくにつれ力が入ってボールが飛びすぎるという。
そう考えると、俺も少し気負ってしまったのかも知れない。
「――アイスブレード」
左右の手にチャクラムのような円形状の氷の刃を生み出し、それを狙いすまして投げつける。
激しく回転しながら飛ぶ氷の刃は、俺がイメージした通りの軌道を描き、低く重い音を立ててリュークに突き刺さる。
辺りにリュークの悲鳴のような声が響き、その顔面から地面に突っ込んでいく。運よく密集していたリュークたちは転んだリュークに接触して転ぶ。それを避けようとしたリュークがバランスを崩して転ぶ。
どう見てもバランスがおかしい身体で動いているんだから、ちょっと躓いたり、丸い体の一部が接触しただけでも転倒してしまうのも納得がいく結果ではあるが……。
「こいつら、いつもこうなのか?」
『そうだ。だが、転んでしまうと汁を出しながら暴れ出すから気をつけろ』
「了解した」
転ぶきっかけは俺かも知れないが、その後に接触したり、避けてバランス崩したりして転んだのはトリューク側の問題だと思うのだが、何故か更に怒りを買っている気がする。
転ばずに向かってきたのは1匹だけだ。
「――アイスブレード」
今度は力を加減して投げつける。
再び鈍く重い音がして、トリュークが顔から地面に突っ伏した。
投げたアイスブレードは首の皮1枚……より少し残したところで止まっていて、断面を冷やし固めている。
残りのトリュークたちはバランスを取って立ち上がることができず、頭の先から間欠泉のように汁を撒き散らしている。
1匹目の首を切断して汁が噴き出した時と比べれば量はたいしたことはない。問題は残った6匹が好き勝手に転げまわりながら汁を撒き散らしていることで、思ったより広い範囲に汁が飛び散っていることだ。
普通に接敵していれば俺は風下に立っていたはずだが、今回は少しでもズレた形で戦闘になって良かった……と心から思う。
残るは6匹のリュークと、頭の葉が取れたトリュークが5匹。
「こりゃ、干からびてしまうな」
転んで起き上がれないリュークが立ち上がろうと力む度に汁が飛び出している。恐らく、汁は有限なのだろうし、肝心のリュークの実の部分にまで影響がでてはいけない。
トリュークはというと、5匹全部が抱き合って1つの塊になっている。
「――アイスブレード」
氷の刃を手元に出現させた俺は、体型的に起き上がれないリュークの元にまで進み、面倒なので氷の刃を突き刺して歩く。
汁が付いたところで魔法で水を生成して洗い流せばいいだろう。
『匂いが取れなくても知らんぞ』
「日本の洗剤は優秀だから大丈夫、だっ」
8匹目のリュークに氷の刃を差し込み、次いでトリュークの方へと目を向ける。
葉を切られたからと言っても、汁が飛ばせないわけではないと思ったのだが、全く飛ばしてこない。葉の根元のあたりに汁を飛ばす器官があるのかも知れない。
1歩踏み出すと、5匹揃って震えながら子猫が鳴くような声を出している。
「こいつら、言語があるのか?」
『あるわけなかろう。ただの鳴き声だ』
警戒しつつ、腰からナイフを抜いて構える。
葉を掴んで1匹ずつ手足を切落せばいいのだろうが、最初に葉は切り飛ばしてしまっているからそれもできない。
仕様がないので先ずは1匹、手で頭を掴んで持ち上げる。
子猫のような鳴き声が激しくなり、手のひらに汁を掛けられるが気にしない。特に強酸性、強アルカリ性の液体だというなら焦るだろうが、臭い以外に異常はない。まあ、目に入れば激痛で戦うことなどできないだろう。それも葉を落とせば目まで届かないので問題なしだ。
手に持ったナイフでトリュークの手足を切落すと、トリュークの身体から一気に力が抜けていく。
観念したのかどうかはわからないが、鳴き声をあげることもなく大人しくなった。
「ミミル、こいつらのどこが脅威なんだ?」
臭いが、無害な汁を掛けてくるだけで別に危険でもないんじゃないかな。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。