第344話
「じゃあ、あの大きなのは?」
「大きい、1個、10匹くらい」
固まって生えているということか。
大きな魔物の場合、表面積があるので魔力の膜に触れる時間が長くなる。また、魔力の膜に接する点が4か所あれば、それだけ大きな4つ足の魔物がいるとわかる。
逆に小さな魔物は魚群探知機に映る魚影のようなものだ。モニターに映る魚影だけ見ても規模がわかりにくい。
そして小さな反応も数匹が固まっている可能性がある。
「ぜんぶ、100くらい」
「そ、それは……」
俺が使える魔法は個別撃破に特化したものばかりだから、その数を処理しろと言われても絶対に無理だ。
「ミミルがやる。しょーへい、むり」
「お、おお。ありがとうな」
ミミルの方が強いのは間違いないのだから、恰好をつけて意地を張っても意味がない。
ここはミミルに任せ……お手本を見せていただくとしよう。
範囲系の魔法を使うのを見てイメージを覚えるのも大切だ。
30メートルほどに近づいて漸くわかったことだが、トリュークは密集して地中に埋まってる。
「うわあ、多いな」
「……ん」
集中的に濃い緑の葉が生えている場所がある。例えるなら束にして売られている九条ネギを、更に束にして立てたような……畑でもこんなに密集していない。
リュークよりひと回り小さな葉は、見た目が行者ニンニクやニラのような感じだ。葉も食べられそうだが、俺が得意な南欧料理にはあまり合わない気がする。中華を参考にすれば使えるかも知れないし、フリットにしてしまうのもいいかも知れない。
俺がそんなことを考えている間にもミミルは前に進んでいる。
残り20メートル切った頃に、リュークの時と同じように何匹かが俺たちに気づいたようで、ごそごそと地中から這い出して来た。
紙で指を切る……なんて話はよくあるが、草でも切れることがある。頭の上からまっすぐに上へと伸びた葉が妙に瑞々しいところをみると、あの葉の一部を飛ばしてくるのだろう。
あれだけの数がまとまった集団から切れ味鋭い葉が飛んでくると想像すると、少しゾッとする。
トリュークの身体の方はというと、瓢箪のような。実際のニンニクも稀に上下2段になっているものがあるのだが、そこに手足がついているという感じだ。上の段のところに目と口がついている。上下にはっきりと分かれていて、括れているところが首に該当するんだろうが……見た感じだと、頭は動かないんじゃないかな。
考えている間にも地面からわらわらと這い上がってくるトリュークの姿はとても滑稽だが、これだけ数が多いと少し気持ちが悪い。
まだ距離は充分離れているが、警戒しているのか一部のトリュークたちが頭部の葉を丸い筒状に変化させ、俺たちのいる方へと汁を飛ばしてくる。恐らく射程距離は15メートルほどだろう。
奴らにとっては、この汁の届く範囲に寄ってくるなということなのだろうが、生のニンニクをすり潰したような匂いが風下にあたるこちらに充満してくる。量が多いだけに、正直きつい。
〈――ヴィルヴィ〉
ミミルが魔法を唱えると、大きな旋風が発生した。
旋風は体重が軽いトリュークを巻き込んでいく。
あっという間に数メートルの高さにまで舞い上がるトリュークたち。そこに、ミミルは続けて氷の刃を投げ込んでいく。旋風の中で氷の刃が暴れまわり、トリュークたちの首や手足を刎ね飛ばしていく。
「えげつないなあ……」
ニンニクの匂いも含めすべて吹き飛ばさんとするミミルの魔法。とにかく威力がすごく、一切の容赦が感じられない。
トリューク畑を席巻した旋風が収まると、今度は空から首や手足を落とされたトリュークが落ちてくる。
〈収穫の時間だぞ〉
〈――ん?〉
〈落ちてきた頭に土の魔石、胴体にトリュークの実が入っているはずだ〉
〈ああ、わかった〉
頭を飛ばされ、手足が無くなったトリュークは死んでいないんじゃないかと心配になるが、俺は別にニンニクやタマネギの匂いが嫌いじゃない。というか、日々その匂いに包まれる商売をしているので、臭いだとか言っていられない。
ミミルが作ってくれたナイフを手に、空から落ちて来たトリュークの胴体を割ってみる。何の力も入れることなく刃が入っていく。加減が少し難しい。
断面はなぜかヤシの実のように繊維質になっていて、その中央に地上のニンニクよりもひと回り大きなトリュークの実が入っていた。ナイフで割れ目を入れて、指で開いて取り出してみる。
地上のニンニクはヒガンバナ科ネギ亜科ネギ属の植物。普段、我々がニンニクと呼んでいるのは鱗茎という部分だ。短い茎に、栄養を蓄えた鱗片状の葉が重なったものを言う。
一方、トリュークはミミルが言う通り〝実〟だ。鱗茎上になった葉が入っていない。また、ダンジョン産の実だから胚がない。
とにかく、構造的には明らかにニンニクとは違う。
実は、これまで見て来た野菜系の魔物にから受けた印象により不思議に感じていたことがあるんだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。