第343話
試験は安全地帯に戻ってから3回行われた。
1回目は俺の30メートル後方、四時半の方角で正解。
2回目は、実際の魔物は動いているから……という理由で、俺の魔力探知でミミルの場所と移動方向を言い当てるというものだった。魔力探知ではどのように感じるのか知りたかったのだが、魔力の膜に触れながら移動するときの感覚が良く分る試験だった。
いまは3回目の試験なのだが、魔力探知で探してもミミルが見つからない。
まさか俺が魔力探知できる範囲を超えて隠れてしまっているのだろうか。
いや、ミミルなら大丈夫だとは思う。
しかし、どこかで見守ってくれていると自分は思っているのに、探してもいないと何だか不安になってくる。
とりあえず魔力探知で探すのを諦めようと思ったとき、魔力探知への集中を解いた俺の耳に羽音が入ってきた。そっと目を開いて、その羽音の主を見つめる。
〈ミミル、それはないだろう……〉
〈――ムッ〉
小さな丸い羽を生やし、俺の眼の高さで浮遊しているミミルがいた。
これもエルムという妖精的な存在が好む悪戯なのかと思って問いかけるように話したのだが、何故か反論が返ってくる。
〈探す相手に応じて膜を張る高さを変えなければ意味がない〉
〈飛んでいたら意味がないじゃないか〉
〈いや、私が先ほど手本にみせた魔力探知はリューク用に低くしている。目で見える大きさなら、その大きさに応じた高さで魔力の膜を広げる。当然ではないか?〉
〈な、なるほど。でも、そういうことは最初に言ってくれよ〉
魔力探知を掛ける高さは、そこに棲む魔物に応じて考えろ……と最初に言ってくれれば、ミミルを見つけられずに焦るなんてことはなかったはずだ。
エルムヘイムで本格的に魔力探知の試験をするときの内容なのかも知れないが、それは事前に作られたカリキュラムなりで順を追って教えられた人にすることだ。俺のように、直前に教わったばかりの人間にする内容ではないと思う。
大きく深く息を吸った俺は、肩の力を抜いて「はああ」と溜息を吐く。
魔力に関する基礎知識を持たない俺に対して、ミミルは相変わらず最低限の知識を持った者を相手にするように扱ってくる。
〈俺は魔法がない世界で暮らしていたから、予備知識もほとんどないからな。もう少し、そのあたりも配慮してくれると嬉しい〉
〈む、うん。ごめんなさい〉
たぶん、ミミルは俺に対して配慮することもできるはずだ。
ただ、まだエルムヘイムでのやり方が染みついているし、俺の驚いた顔を見たい……なんて悪戯心に負けてしまったのを隠しているだけかも知れない。
〈気をつけてくれよな。で、俺の魔力探知の試験も終わったってところか?〉
〈ここはリューク、トリュークの領域から外れた安全地帯だからな。また少し入り込んで、奴らを探すとしよう〉
さっき収穫したのはリュークの実……ネギ坊主のような気がするが、まだトリュークの方が手に入っていない。
国産のニンニクだと粒が大きく、瑞々しくて味も濃い。外国産と比べてとても品質が遥かに優れていると思う。アーリオ・オーリオ・エ・ペペロンチーノなど国産なら1片で十二分に美味しく作る自信があるが、中国産なら同じ大きさでも3片くらい使わないと駄目だ。皮が紫色をしたスペイン産も出回っているが、2片欲しい。
そういう意味では、ダンジョン産のニンニクであるトリュークは国産に近いと思う。
〈そうだ。この場所では問題ないが、領域によっては魔力が触れることで察知されることもある〉
方向を変えて歩き出してからミミルが話し出す。
魔力を感じられる。その方向を感じて魔力を発したものを察知できる能力か。それも厄介だな。
エアエッジやエアブレードは魔力の刃を作り出して投げつける。
俺には魔力視を使わなければ見ることができない。
逆に、魔物によっては魔力を見ている場合もあるということか。
〈その際は遠慮なくしょーへいの音波探知に頼らせてもらう。いいな?〉
〈ああ、もちろんだ〉
音波探知は蝙蝠でも聞き取ることができないほどの高周波を飛ばすだけ。であれば、察知されることはないということだ。
〈まあ、リュークとトリュークなら問題ない。思う存分練習するがいい〉
〈ああ、そうするよ。ありがとな〉
〈あ、うん……〉
俺に背を向けたまま、僅かに俯いたミミルの耳が赤い。
礼を言われることに慣れていないのかな。照れるようなことでもないと思うのだが……。
2、3分歩くとまたトリュークたちがいる領域へと到着した。
葉の色で見てわかるのは楽でいい。問題は正確に数を知ることができるかだ。
早速、魔力探知を試してみると、大小幾つもの魔物に魔力の膜が接触していくのがわかる。
距離にして38メートル。
手前に生えている草が邪魔で目で見てもわからなかったのが原因だろう。音波探知に掛かる魔物なら既に見つけている距離だ。
「大きな反応はリュークで5匹、小さいのはトリュークで20匹ってところかな?」
「ちがう。ぜんぶトリューク」
え、だとするとすごい数がいるんじゃないか?
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。