第342話
最初は蜘蛛の巣のように角があっても構わないだろう。
蜘蛛の巣ができる感じで……と脳内でイメージしつつ、魔力探知を試してみる。
まず、自分自身の表面を魔力で覆い、それを薄く蜘蛛の巣状に広げていくイメージ。蜘蛛の巣……。
「だめだ……」
蜘蛛の巣はまず縦糸を張って、そこに横糸を繋いで作られる。
内側から完成した状態のものを広げるわけではないので、蜘蛛の巣を意識すると先に縦糸を広げるイメージになってしまう。
別の方法を試してみよう。ミミルの言葉にあったキーワードからすると……
「同心円状に広がる、か」
美しい水鏡ができるほど凪いだ水面に小石を落とすイメージ。一定間隔で波を起こせば、波紋を広げることができる。そこは波操作の加護を使えばできそうだ。
方向を確認する方法だが……蜘蛛の巣を広げる要領で作った縦糸を使えばいいか。
意識を集中し、先ずは自分自身の周囲に魔力の膜を張る。
そこから12本の魔力の縦糸を前後左右に伸ばす。
思った通りに縦の糸を12本、凡そ100メートルくらいだろうと思うところまで伸ばすのは上手くできたと思う。
続けて、波操作で体表を覆う魔力を揺らし、1メートル間隔で波紋を広げていく。
ミミルが見せてくれた手本だと、高さは地表から僅か数センチといったところ。俺も同じように低く広げていくが、リュークやトリュークがいないせいか、特に何も探知できない。
〈また変わった方法を使ったものだな〉
〈そ、そうか?〉
〈私が言った方法とは違う膜ができていたではないか〉
〈ああ、うん。そうだな〉
〈最初に糸を12本張ったのは?〉
ミミルと同じようにできないから、思いついたことを試しただけなんだが……これはミミルの地上での生活にも役立つことだから教えておくか。
〈ダンジョンだと基準になる方角がわからないから、自分の正面を〝0時〟にできるようにしたんだ。正面を向いて右手を水平に上げればそっちが〝3時〟の方角。左手は〝9時〟で、背後は〝6時〟の方角ということになる。〉
英語ではクロックポジションと言うが、飛行機や船舶、軍隊などでもよく使われる方法だ。
東西南北がわからない場所でも、指示をする人の正面が0時の方角。左右がそれぞれ3時と9時というのは非常にわかりやすい。
〈な、なるほど……北東はどう表す?〉
〈〝1時半〟だな〉
こういうことを説明するには実際にアナログ時計をみてもらうのがいいのだが、残念ながら俺は腕時計をしていない。時間の確認はスマホの待ち受け画面に表示される時計を使っている。更にいまはダンジョン内だから電源を落としている。
アナログ時計は自宅にはない。事務所にはタイムカードの打刻器があるが、デジタル表示だ。唯一、厨房には石窯の奥にある壁に掛けてある。
だが、これまでミミルの目に入っていないのだろう。もしかすると、他に訊ねることが多すぎて後回しになっているだけかも知れないが。
ポケットに入っているメモを取り出す。もうクシャクシャになってしまっているが、無理矢理広げてそこにアナログ時計の文字盤を描いてミミルにみせた。
〈これはみたことがある。いったい何なのだ?〉
〈これも時計だよ。長い方の針が地球の〝時〟を指し、短い方が〝分〟を指す。細く長いのは〝秒〟を指すんだ。この針の付け根に自分が立っていると思えば、この針の向きで方向を教えられるだろう?〉
〈おおっ! うん、これはいいな。この紙を貰ってもいいだろうか?〉
〈こんなもので良ければどうぞ〉
今度、厨房で石窯の奥に掛けてある時計を見せてやろう。
メモ用紙の新しいページに書き留めておく。
〈それで、さっきの魔力探知だけど上手くできていたかな?〉
〈悔しいが及第点だ。普通ならこんなに早くできる者はいない〉
〈そうなのか?〉
ミミルが広げていた膜の薄さや速度などを考えると難しい方になるのは理解できるが、他のエルムにとっても難しいことなのだろうか。
〈目を開けていると、どうしても前に意識が向くからな。同心円状にとなると失敗する者が多い〉
〈なるほど……〉
〈では試験だ。いまから目を閉じて10数えろ。数え終わったら魔力探知を使い、私の居場所を手で指し示す。どうだ?〉
〈はい、やらせていただきます〉
〈では、始めっ!〉
ミミルに言われるがまま、目を閉じて1から順に声を上げて数える。
10まで数えた時点でも目は閉じたまま。先ほどと同じように全身を魔力で纏い、足元に時計があるかのように12の方向へと魔力の縦糸を伸ばす。次は波操作の加護で魔力の波を起こして薄く魔力の膜を広げていく。まるで、池に小石を投げ入れたときのように自然に広がっていくのが自分でもわかる。
俺の背後――四時半の方向、30メートルほどの位置で2本の足に当たる感覚が伝わってきた。
魔力の膜はそのまま遠くに広がっていく。80、90、100百……音波探知よりも広範囲だな。
「――そこだ」
感じるまま、俺は左手で目を塞ぎつつ振り返ってミミルがいるであろう方向へと右手で指し示した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。