第341話
自分とだれかを比べ、自分が劣っているときは劣等感や嫉妬が生まれ、自分が勝っているときは優越感と蔑みが生まれる。
だが、ある日突然、比べるのを止めろと言われたところで止められるものではない。
優越感によって快感を得ると、また同じ快感を得たいと思い、更に努力を重ねてしまう。優越感にはどこか麻薬にも似た効果がある。そうして普段から、優越感に浸ることで快感を覚える人間は、自分に無いものに絶対的な魅力を感じたときに、強烈な劣等感に苛まれることになる。
ミミルのようなエルムにもそういう感覚はあるに違いない。
特にミミルは生まれた時からアルビノで人とは違う容姿をしていて、十歳そこそこで稀有な加護を受けて特別扱いされた。その後は王立魔法師団に入り、賢者としてその優秀さを他のエルムと比べられ続ければ優越感に浸ることも多かったことだろう。
そして、田中君の胸に対して劣等感を抱いているってことだ。
「世の中には胸が小さい方が好きって人も、いる。それに……」
俺自身は別に大きい方が好きとか、小さい方が好きとかはないのでつい言葉に詰まってしまうが、気にしていられない。
「ミミルの顔はとても可愛らしいし、容姿はすごく美しい。料理を美味しそうに、幸せそうに食べてくれるし、好奇心が強くて、生真面目だ。俺に気を遣ってくれていることもわかってる……」
言葉を重ねるごとにミミルは耳と顔を赤くして俯いていく。
最後はいつものようにポカリと胸元を殴られた。何故か今回は強めなのはダンジョン内で身体強化を常にかけているからだろうか。
痛みは殆ど感じないが2歩ほど後ずさってしまった。
「それだけミミルは魅力的だってことだよ」
「……ん、ありがと」
だれかと比べて云々ではなく、点数をつけるわけでもない。とにかく、俺がミミルに思っている肯定的なところを並べる。悪いところは裏返して表現してやる。
だれかと比べたり、点数を付けたりして優越感を煽るのではなく、自己肯定感を上げてもらうためだ。
だれが何と言おうと、ミミルはミミル。代わりになる者はいないし、これからもミミルらしさを追求してもらいたい。
「それでだ……俺の音波探知は全方位に音を飛ばし、跳ね返ってきた音を元にどこに何がいるかを頭の中で組み立てる。この空間を模したものを頭の中に作る感じだ。どうなるかわかるか?」
「……ん、たいへん」
「そう、範囲を広げるとそれだけ頭の中で作る模型が大きくなる。自然と疲れるわけだ」
「でも、上、下、前、後ろ、右、左……全部わかるはすごい。うまやらしい」
「うらやましい、な」
ついつい、自分に無いものが欲しくなる。
人が食べているものを見ると、自分も食べてみたくなる。
ミミルは特にそういうところがある気がする。まるで子どものようだ。
ミミルのそういう子どもっぽさを考えると、ミミルがいた世界と地球がダンジョンで繋がり、エルムたちが悪戯好きな妖精として認知されていたという考えも強ち間違いではないのかも知れない。
「で、どうするんだ?」
「……ん」
短く返事をしたあと、ミミルが言語を変える。
〈正確に伝えるためだ。こっちで話すぞ〉
〈ああ、問題ない〉
〈まず、魔力で体の表面を覆う。その覆った魔力を薄く薄く広げていく。魔力視を使ってみてみるといい〉
首肯で返事をすると共に、自分の目に魔力の膜を作る。
見れば、ミミルの身体全体が魔力の膜で覆われたように薄らと輝いている。
〈ここから均等に膜を広げていく。こんな感じだ〉
ミミルの身体を纏っている魔力の膜がゆっくりと、低く薄く広がっていく。魔力視を通して見ても、殆ど透き通って見えるほど薄い膜だ。
〈大事なのは自分を中心に同心円状に広げることだ〉
魔力で周囲の魔物を検知するのだから、自分から見て死角にあたるところも含め水平に広げるのはわかる。
〈それは、どういう想像をしてやればいいんだ?〉
魔法は想像し、創造するもの――だとしたら、どんなイメージを作って魔力を流していけば良いか教えてもらうのが手っ取り早い。
問いかけられたミミルは、またおとがいに指をあてて宙へと視線を浮かべ、数秒でこちらへと向き直る。
〈かなり昔のことだから曖昧だが、蜘蛛の巣――私は蜘蛛の巣と教わったと思う。例えば1ハスケ毎に横糸を張った糸を広げればどうなる?〉
ハスケは地球の単位で〝メートル〟だったか。
〈そうだな、5本目の横糸を伸ばしたときに当たった魔物がいれば、その魔物とは4ハスケから5ハスケ離れているとわかる……でいいか?〉
〈そのとおりだ。では方向はどうする?〉
〈縦糸を張ればいい……なるほどな〉
どの方角に何メートル離れたところに魔物がいるかを把握するには十分だろう。広範囲に広げていくと離れたところでは縦糸と縦糸の間の距離が大きくなる。結果、方向が曖昧になりそうだが、その場合は最初から縦糸を多くすれば良いのだろう。
先ずは試しにやってみるか。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。