第339話
再度、倒れたリュークがネギ坊主のように薹を伸ばし、そこに硬い殻で覆われたタマネギを残したのを見る。
とても興味深いことなのだが、この黒い殻はいったい何のためにこのような形で残されるのだろうと不思議になってくる。
ミミルに言われ、残った黒い殻と琥珀色の魔石を拾い集めながら思う。
ダンジョン内の魔物は、魔素によって作られる。すべて倒してしまってもまた生まれてくるのは、霧散した魔素がまた集まって魔物の身体を生成する……というのが正しいだろうか。
しかし、このリュークという魔物はまるで子孫を残すかのような死に方をする。放置していれば黒い殻はそのまま残り、頭や手足、胴体などは魔素へと還るようだ。
これまで接してきた植物系の魔物を思い出してみると、それぞれに特徴がある。
植物らしく、セレーリやコウルのように根が張って動けないモノもいれば、リュークやギュルロのように穴から這い出してくるものもいる。
コウルなどは部位によって同系統の異なる野菜が採れる。葉の部分はキャベツだし、薹の部分には芽キャベツが鈴生りになり、花の蕾はブロッコリー。更には変異したカリフラワーやロマネスコになることもある。
植物系の魔物はどれも取って付けたような円らな目に、身体に対してアンバランスな口をしている。それがとても不自然に感じて仕様がない。
「拾ってきたぞ」
「……ん、ありがとう」
拾うと言っても、空間魔法の訓練を兼ねている。
手を伸ばす先の魔素に干渉して空間を歪め、地面に落ちた魔石や黒い殻を手に取っている。
収穫したのはリュークの実に、白ネギや青ネギのような葉の束。
〈ここはリュークとトリュークしかいないのかい?〉
〈そうだな。第3層の他の領域には異なる種類の魔物が共存している場所もあるが、リュークとトリュークの領域には他の種が存在しない〉
〈そうか……〉
数多ある宇宙のどこかの星で、リュークとトリュークしか育たなかった領域がある理由があると思う。
タマネギやニンニクに含まれる有機チオ硫酸化合物は人間には血栓を予防する効果があるが、有機チオ硫酸化合物サルの一部を除きほとんどの動物では体内に取り込まれるとヘモグロビンを酸化させて赤血球を破壊してしまう。結果、溶血性貧血から高カリウム血症となって最悪は死に至る。犬や猫に近い魔物が共存していないのは、それが理由ではないのか。
だが、地球でもこのことが判明したのが50年ほど前らしい。科学という学問がないエルムヘイムから来たミミルにこれを説明するのには、血液の組成の話や、何故血液が凝固するのかという話から始めないといけない。正直、俺には荷が重い。
それに、数多ある宇宙のどこかに存在する星に住む動物に、地球と同じヘモグロビンを主体とした赤血球を持つ生き物がいるということが前提になってしまう……。
黙考する俺の顔をミミルが見上げる。
〈どうかしたのか?〉
〈もう少し整理してから話すよ〉
〈……やはり、変なヤツだ〉
ミミルがニヤリとした笑みをみせる。
その瞳はアルビノで赤い色をしている――俺たちと同じように赤い血が流れているということだ。でも、その成分まで同じと言う確証は俺にはない。
では、エルムにはタマネギやニンニクの類の害はないのだろうか。更に言えば、地球の食材で食べると何か害が出る食べ物はないのだろうか。
だんだんと心配になってきた。
これまでミミル本人が気にしていないようだから当たり前のように地球の食べ物を食べさせてきた。その中にはタマネギも含まれているし、他の食材も入っている。いまのところ貧血や黄疸などの症状が出ていないから問題は無いのだろうが、もしかすると許容量は人間とは違うのかも知れない。
そう考えると、エルムという種族の体質的に食べてもいいもの、いけないものがないか、改めてミミルに確認する必要がありそうだ。
次の食事のときにでも話を聞いてみることにしよう。平気なのなら、その理由も教えてくれるだろう。
それよりもいまはリュークやトリュークの領域の中にいるから、そちらの方に集中しないといけない。
次は俺がリュークやトリュークを狩る番なのだが、ミミルに確認したいことがある。
〈ところでミミル……どうして氷の魔法を使ったんだ?〉
〈風の魔法だと、切り口が空気に晒されるからだ。そこから匂いと目に染みる汁が出てくる。氷の刃を使うことで切り口を凍らせ、辺りに汁が飛ばないようにする〉
〈なるほど……〉
〈近づくと、頭の葉を管のようにして汁を飛ばしてくるからな。それまでに倒さないといけない〉
〈わかった。ありがとう〉
問題は、俺はミミルほど氷を扱うのが上手くない。
というか、ミミルが上手すぎるんだ。
まあ、先ずは氷の刃をつくるところからやってみるとしよう。
手元に集中し、氷の刃をイメージして作り出してみる。刃のかたちになった製氷皿の中に入れた水が、中心から凍っていくイメージだ。
地上で暮らすために、便宜上はミミルの血液型はO型ということになっています。ただ、人間と同じ体組成をしているか等のことについてはまったくわかっていないのです。
なお、設定上は人間に毒となるものは、ミミルも駄目だと思っていただいて問題ありません。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。