第338話
荷物をすべて片付け、最初に到着した楡の木の下から隣の領域に向かって歩き出す。
平らな草原のように見えていた場所も、よく見ると少しずつ生えている草が違うことがわかる。
今回の領域の草丈は80センチほど。
だが、生えている草の葉の中に色の濃い葉が密集して生えているのが見える。明らかに、そこに何かがいる。
「あの色の濃い場所が?」
「……ん、あれはリューク」
濃い緑の葉が生えているところには、草原を構成する黄緑色の葉も沢山生えている。あの黒い殻のようなものは、辺りに生い茂る草が邪魔で視認できない。
足下の土を見てみるとかなり黒い。農業のことは全然わからないが、黒くて軟らかい土が良いのだとすれば、ここの土は良い方なんだろう。
でもこれでは例え露出していたとしても区別が難しい。更に、あの黒い殻に入ったリュークが地上のタマネギと同じで地中にあるとしたら厄介だ。
念のため音波探知を掛けてみる。
「――ん?」
ただの草として生えているものは音波探知に掛からないので、リュークの葉はそこらに生えているものと性質が同じ。黒い殻は地中にいるということだ。
「どうした?」
「リュークが見つからないんだ。土の中か?」
「……ん」
「そ、そうか……」
特に警戒する様子もなく、ミミルはそのリュークが群生している場所へと近づいていく。とはいえ、まだ30メートルほどは距離がある。俺たちがいる場所の方が風下に当たるはずだし、ミミルの魔法には広範囲に放つことができるものもあるから問題ないはずだ。
更にミミルが進むと、濃い緑の葉が急に伸びた。
いや、こちらに気づいて地面から何かが出てきたようだ。
目を凝らしてみると、明らかに二足歩行をしているが異様に頭が大きく、更にはそこから葉が生えている。
「お、おい。あれは……」
「あれがリューク」
……タマネギだ。
頭がタマネギで、胴体がタマネギ、脚も脛も腕も全部タマネギ。
身体の部位が分かれているのは、そこが括れているからだ。大小色々なサイズのタマネギが合体したような身体をしているように見える。
「あの黒くて丸い殻が見当たらないんだが?」
「見てる、わかる」
「お、おう……」
身長は80センチほど。頭の部分が3割、身体の部分が5割。脚は2割程度しかない。正直、よく立っていると思う。
ミミルを前にゆっくりと近づいていくと、他のリュークが気づいたのか、地面から奇声を上げて立ち上がる。
妙に甲高い音で鳴いているのだが、立ち上がるときの仕草はどうみても「どっこいしょ」という感じで愛らしい。
立ち上がってくるリュークたちは、どれも似たような体型、顔のかたちをしている。目は黒い丸がついているという印象だが、白い部分がない。つぶらな瞳――というやつなのだろうか。
木で作った操り人形のように丸い枝を刺したような鼻がついているのだが、いや……あれは枝ではなくて茎だな。
どこかのタイミングで鼻からも葉が伸びてくるんだろうか。
とにかく不思議な生命体――魔物だ。
「……しょーへい、見てる。いい?」
「お手本を見せてくれるのかい?」
「……ん」
魔物とはいえ、俺には生命を奪うという行為への抵抗はあまりない。実際に南欧にいたときは兎や鹿を狩るのを手伝わされたりしたからだ。
だが、そうした狩猟に慣れた俺でも、二足歩行する生き物の生命を奪うというのは経験がないし、躊躇すると思っていた。
思っていたのだが……これは俺にとってタマネギの収穫でしかない。
しかし、せっかくミミルがお手本を見せてくれるというのだから、見せてもらうことにしよう。
魔物のことを熟知しているミミルのことだから問題はないはずだ。どんな戦い方をすればいいか知らずに俺が飛び込むよりも絶対にいい結果が期待できる。
ミミルが俺の先、5メートルほどの位置を歩いていく。
もうすぐリュークとの距離は20メートル程度になる。俺のエアブレードなら射程圏内。ミミルの使う魔法も同じはずだ。
一方、ワラワラと湧いて出て来たリュークたちは、ミミルの方へヨチヨチと歩き始める。本当、よくバランスが保てるよな。
〈――エスヴロァ〉
ミミルが魔法を唱える。
何かを投げるように振り回す手から飛び出したのは氷の刃だ。
魔力の刃と違い、重さがあるせいか射程距離が短いのだろう。それに目で見てわかる。
バランスを取るためか、リュークは頭と胴体をグラグラとさせている。そこに氷の刃が回転しながら飛んで、首筋に突き刺さった。
見事に皮一枚を残し、氷の刃が留まっている。
その様子をただ眺めていたのだが、気が付くと13体のリュークが地面に倒れ伏していた。
〈どうして氷の刃なんだ?〉
〈切断面から匂いと目を刺激する液体が噴き出すからだ〉
〈なるほど……〉
頓て、氷が溶けだしてリュークの頭がポロリと取れる。
見ていると、ごろんと転がった頭の先に生えていた葉の中から薹が立ち、その先に黒い殻で覆われたあの物体がむくむくと生成された。
〈後は、あれを刈り取るだけだ〉
ミミルが親指を立て、ドヤ顔で後ろを指しながら俺を見上げた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。