第337話
どうやら、ダンジョン野菜のミネストローネはミミルの口に合わない……というか、地上の味に慣れつつある舌が満足できないのだろう。
ミネストローネを食べているときのミミルの表情が、ポヴェレッラを食べる時のそれと比べて冴えない。
「どうだった?」
自分の分を食べ終えたので、片付けを始めながらミミルに訊ねてみる。
「……卵の、美味しい。これ、エルムヘイムの味」
「野菜は生で食べると美味しいのに、火を入れると途端に味が薄くなった気がするんだ。どうしてだかわかるか?」
気になっていたことを訊ねるため、洗い物の手を止めてミミルの方へと身体を向けた。
「……ん、草の魔素、溶ける。熱加える、じょーはつする」
「魔素って水に溶けるのか?」
「……少し溶ける。煮るじょーはつする、また溶ける、繰り返す」
魔力視を使ってミネストローネが残った鍋を見ると、確かに水蒸気と共に魔素が霧散しているのが見える。
「では、煮たから魔素が抜け、野菜の色が変わったと?」
「……ん、そのとおり」
となると、焼いて食べるのが最も良いということになるか。
若しくは、沸騰させず、じっくりと煮出す……低温調理だ。
だが、低温調理器は電気がないと動かない。ダンジョンにバッテリーや発電機を持ち込むというはどうなんだろう。電波は届かないが、充電が切れない限りスマホは動いているから大丈夫だとは思うが……ダンジョン内で地上の文明に頼りすぎるのも良くないように思う。
以前、ミミルに四輪バギーでも持ち込んだら移動が楽になるんじゃないかという話をしたら渋い顔をされたのを思い出す。
「わかった、これから扱い方を考えるよ」
「……ん」
ともあれ、ダンジョン野菜は生で出すか、焼いて出すかすれば良いということだ。
そんな会話をしてから少ししてミミルも食事を終えた。
ある意味、残ったミネストローネは出し殻以下ということ。
持ち込んでいる鍋の数も限られていることだし、もったいないけれど、捨てることにした。
最後の鍋も洗って片づけを終えると、第3層の太陽がほぼ頭上から照らしていることに気が付いた。
そういえば、光ってはいるけど熱は感じない。いまのところダンジョン内の温度は各層で一定だし、放射冷却が存在しないので朝に冷え込むこともない。
さきほど、太陽光発電というのも頭を過ったが、使えないのかも知れない。
「ここからどうするんだ?」
簡易テーブルや簡易コンロ等をミミルの空間収納に仕舞ってもらったところで、次の行動についてミミルに確認する。
元々の目的はラウンを捕まえ、俺が空間収納の技能を得ること。
だから、次の楡の木に向かって移動することになると思う。
「……ん。ラウン探す。食材集める」
「食材?」
ミミルが隣にあるであろう領域の方へと指をさす。
「そこ、トリューク、リュークいる」
「おお、そうなのか」
この世界のタマネギ、ニンニクがどのように生えているのか気になる。
まさか、淡路島の畑のように整然と並んでいる……なんてことはないだろうからね。
「でも、本格的に野菜を集めてしまうとラウンを見つける時間が無くなるんじゃないか?」
「……ん、だから少しだけ」
たぶん、安全地帯を通りつつ、途中で魔物の領域に足を入れて食材を集めるということを言いたいのだろう。
それに、第3層の入口に隣接するのは先ほどまで歩いていたウリュングルヴの領域だけ。その外にいくつの領域があるのか不明だが、扇状に広がっているのなら、少しでも入口から離れる方が沢山の領域があり、安全地帯の楡の木も増える。
それだけ、ラウンに遭遇する可能性が上がる……ということだ。
「ああ、わかった。じゃあ、最初はリュークとトリュークの領域に行くんだな」
ミミルが俺の問いに対し、首肯で返事をする。
まあ、景色はどこも草原なんだろうから、単純に安全地帯だけを歩いていても楽しくない。その意味でもミミルの案に賛成だ。
「じゃあ、先にリュークやトリュークの特徴を教えてくれるかい?」
「……ん。土の中、いる。あと」
〈こっちの言葉で良いぞ。正しく伝わらなくて、あとで慌てたりしない方がいいだろう?〉
〈それもそうだな。リューク、トリューク共に特に強い魔物ではないが、問題はその匂いにある〉
見た目がタマネギ、ニンニクという時点で想像がつくな。
あの強烈な匂いと、刺激による催涙攻撃。
数が沢山いることも考えられるから、それで身動きが取れなくなることが想定される。
とはいえ、離れて攻撃できれば何も問題はないわけだ。
〈そして動くところも厄介だ〉
〈う、動く!?〉
〈まあ、見ればわかるだろう。対処は難しくない〉
論より証拠……今日、その言葉を教えたばかりだ。
確かに何度聞かされるよりも、実際に現物を見ればわかることの方が多いだろう。
普段、俺に対して説明が不足してるとか思っているけど、俺自身もミミルに対する説明が少ないのかも知れない。
俺には他にも反省するべき点がありそうだ。
ダンジョン内の魔物、植物はすべて魔素から作られています。
実体化したものであっても、放置していれば魔素に還りますし、ダンジョン外で作ったものであっても分解されて魔素になってしまいます。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。