第333話
ミミルが作ったナイフの柄頭がウリュングルブの顎に入ると共に、首から鈍い音がする。
あらぬ方向へと頭を向け、意識が途絶えたウリュングルブが俺の身体に圧し掛かる。
すべての体重を受け止めるのはリスクが高い。オオカミの全速力は時速50から60キロ。体重は70キロはある。相当な運動エネルギー量があるはずだ。
俺は半身になった体勢のまま受け流す。
姿勢を落としていたことも大きいのだろう。
ウリュングルブの後ろ脚が背中に当たるが、大した衝撃ではない。
全身から力が抜けたウリュングルブの身体は、背後の地面へと叩きつけられ、潰れるような音を立てた。
首が折れたとはいえ、心臓はまだ動いている可能性が高いので即座に心臓を一突き。止めを刺し、リーダーと残りの4頭がいる方向へと目を向ける。
僅かな時間に仲間を7頭も殺された怒りのせいか、リーダーだけでなく、他の四頭も唸り声を上げ、鼻に皺を寄せながら血走った目で俺たちを睨んでいる。
襲い掛かってきたのはそちらの方なのだが、理不尽なことだ。
ボスのひと鳴きで残りの四頭が動き出す。
外からまた2頭、また正面から2頭が同時に突っ込んでくる。
先ほどと同じようなフォーメーションに見えるが、4頭の動きに気を取られている間にリーダーも動き出したようだ。前の2頭に隠れるように背後を駆けてくる。
「厄介だな……」
さっきは実質的に2頭目に圧し掛かられるところまでやられている。
同じ方法で倒したところで、最後にリーダーが残るだろう。
止めを刺すときにミミルがいなかったが、知らぬ間に空へと退避して戦線を離脱したようだ。
5頭に対して1人で対処するのだから、今から探す余裕もない。
それに、上空を探したところで、下着が見えるだけだ。
外側から回り込んでくる2頭に向け、身体強化によって緋色に輝く2本のナイフを振り抜く。ナイフの刀身からヴィヴラという魔力の刃が飛び出すと、左に展開した1頭の胴体を切り裂き、右に展開したもう1頭の前脚を切り飛ばす。
悲鳴にも似た鳴き声を上げて、2頭が地面に激突して動かなくなる。
続いて正面から2頭、その後ろにリーダーが隠れるようにして迫ってくる。
離れているとはいえ、正面から襲ってくる3頭にも回り込んだ2二頭が悲鳴を上げて倒れたのが見えているはず。だが、奴等は怯む様子もなく一直線に突っ込んでくる。
遠隔攻撃が狙った通り当たる……俺の裏をかくような行動をしないという意味では楽な相手なのかもしれない。
だが、ボスは違うだろう。
左に身体を避けて右の1頭をやり過ごせば、更に左側からボスが飛び掛かってくる。右に裂ければその逆になるだけだ。そして、正面で2頭を迎え撃とうとすれば、腕なり足なりに噛みついて俺を動けなくしたところに、上からボスが襲い掛かる――厄介な布陣だ。
ならば、策はひとつ……。
――いまっ!
ボスの前を並んで駆けてくる2頭の間合いに入った瞬間、俺は背後へと大きく高く跳び退く。
予想通り、前の2頭は寸前まで俺がいた場所に向かって飛び掛かり、驚きで大きく瞠目したまま激突する。
とても鈍い、しかし強く大きな音をたてた2頭が鼻先を外側に歪め、血を撒き散らす。
俺はその様子を見ながら着地。更にその向こうにいるはずのリーダーへと視線を向ける。
前の2頭が普通に着地するように四肢を使えぬまま、地面へと叩きつけられ、骨が折れる音が聞こえる。
同時、2頭の背後からリーダーが飛び掛かってくる。
奴の頭の中では、2頭に押し倒された俺がそこにいることになっていたのだろう。
数歩離れた場所にいる俺に視線を向けたまま、無防備に着地をしようと態勢を変えた群れのリーダーの眉間にヴィヴラ擬きを叩きこむ。
パックリと鼻先から首のあたりまで縦に裂け、リーダーは地面に崩れ去った。
「ふう……」
空中で激しく激突した2頭は前肢と鼻、下顎が折れているのだろう。ダラダラと血を垂らしながら、なんとか立ち上がろうと藻掻いている。
見れば、胴体を切り裂いた1頭は事切れていて魔素へと還っているところで、もう1頭も失った前肢のせいで藻掻いているようだ。
脳を破壊してもすぐに魔素に戻らないのは、心臓が止まっていないから。群れのリーダーから順に息があるウリュングルブの心臓にナイフで止めを刺して歩く。
ドロップしたアイテムはウリュングルブの毛皮が2枚、爪が2本、牙が3本。魔石が12個あるが、色は琥珀色の土属性で大きさは5レーベ――最小魔石5個分の重さだ。
それにしても、意思と知恵を持った集団を相手にするのは結構厳しい。
最初にミミルの手伝いがなければどうなっていただろう。
外側に回り込んで背後や横から攻めてこようとする敵に対し、初手でそれを抑え込みに行く。教科書に書かれていそうな攻略法だった。
ドロップ品を拾い集めていると、上空からミミルが下りてくる。
「ありがとな」
怪我することなくここを殲滅できたのはミミルのおかげだ。
そっとミミルの頭に手を載せた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。