第332話
残りの9頭が身体を起こし、他の3頭と共に一斉に俺とミミルの方へと視線を向けた。
見た感じではリーダー格のウリュングルブがわからないが、先ずは攪乱する。
「ウラアッ!!」
波操作の加護を使い、自分の声を人間では聞こえない高周波数の音、高音圧に変換して前方へと吐き出す。
元になるのは俺の声だが、奴等にどのように聞こえているかはわからない。言えるのは、俺が今までに聞いたことがある最も大きな音……すぐ近くに落雷したときの音と同じくらいを参考にしている。犬は特に落雷を嫌うので、とっさに思いついた音量だ。
この声でウリュングルブ達が身体を硬直させ、毛を逆立てたので怯んだことが見て分かる。
奴等との距離はこの数秒で既に50メートルを切るまでになっている。間違いなく先制攻撃のチャンスだが、12頭ものウリュングルブがいる中に飛び込む意味はないだろう。
逆に、連携を崩しつつ各個撃破していくのが堅実だと思う。
念のため、魔力視を起動しておき、念のために魔物たちに魔力的な動きがないことを確認する。
「ウオオッ!!」
再度、高周波数で高い音圧を持った声を出す。
連携を取らさないことが最優先だからだ。
だが、冷静にウリュングルブの群れを見ていると、1頭だけが怯むことなく鼻に皺を寄せ、牙をむき出しにしてこちらをにらみつけている。
――あれがリーダーだな。
距離があるので聞こえないが、恐らく唸り声を上げているのだろう。
俺にはただの唸り声にしか聞こえないのだが、ウリュングルブ同士では伝わる言葉を発している可能性がある。
オオカミやライオン、チーター、虎……自然界のハンター達は、母親に狩猟を教わりながら育っていくが、ダンジョン内の魔物たちは魔素から生まれる。ならば狩猟の方法を学ぶ術がないはずだ。
更に、ダンジョン内に食物連鎖は存在しない。同じ領域に複数種の魔物が存在するところもあるが、特に争うことなく棲み分けている。
だとすれば、ある程度の狩猟知識を得た状態で他の世界から複製されていると思うのが妥当。つまり、あの12頭は集団としてこのダンジョン内に複製された存在ということだ。
エアブレードの射程距離に入るべく、ウリュングルブへの距離を詰める。
残り30メートルといったところで、ミミルから念話が届く。
『あまり詰めすぎるな。奴等の移動速度も相当速い。待ち構える方が良いだろう』
俺が時速40キロ、ウリュングルブが時速60キロ出るとして、最高速度ですれ違うときには、時速100キロになる。
それだけ、避けるのも当てるのも難しくなる――ということか。
ミミルの助言に従い、速度を一気に落とす。約20メートルといった場所で12頭のウリュングルブと対峙する。
ウリュングルブの中心にいるのがリーダー。ひと回り大きく、背中の毛の色が深い。リーダーに比べると、他のウリュングルブは若葉のようだ。
と、俺の意識が群れの構造へと向いている隙にリーダーが数回吠えた。何かの指示を出したようで、外側にいた2頭が左右に走り出す。
背後に回り込んで逃げ場を塞ごうという肚積もりなのだろうか。
いずれにしても、複数方向から仕留めにくる作戦のようだ。
数秒遅れて群れから1頭が飛び出す。
正面から1頭、横に回り込むようにして2頭が同時にこちらへと向かってくる。
〈――ヴロォ〉
ミミルが左右の腕を振り上げ、魔力でできた刃を投げ飛ばす。
ミミルが投げた三日月型の魔力の刃は美しい弧を描いて正確に2頭の首を刎ねる。
遅れて飛び出してきた1頭の動きは直線的だ。体格的にそのまま覆いかぶさるように飛び掛かり、俺の首元に噛みつこうという肚だろう。
半身に構え、腰から抜いた赤胴色のナイフに魔力を流し込み、姿勢を落として下から一気に斬り上げる。
斬った音さえもせず、ウリュングルブは首から上が2つに裂け、勢いそのままに俺の背後へ飛び越えて行った。背後で何かが潰れたような音がする。
苦もなく3頭を倒した俺たちに対し、群れのリーダーは怯むことがない。魔物の性なのか、唸り声を上げて吼える。
今度は2頭が左右に散り、2頭がこちらに向かって突っ込んでくる。また横から襲うつもりか、背後に回り込む気なのだろう。
だが、ミミルがそんなことを許すわけがない。
再び、ミミルの魔法が一閃する。
左右に散った2頭がミミルの投げた魔力の刃に首を斬られて視界から消えた。
残りの2頭は先ほどと同じように正面から向かってくる。
俺はすぐにミミルを背後に庇い、普段とは逆――右足を前に半身になって構えて身体強化を発動し、右手のナイフの先から魔力の刃――ヴィヴラを放つ。
魔力視ができなければ、魔力の刃は見えない。
ウリュングルブは見えない魔力の刃に抵抗することもできず、眉間がザクロのようにパクリと割れて、悲鳴を上げることなく前のめりに崩れ落ちる。
だが、ヴィヴラを飛ばした姿勢の俺に、残った1頭が飛び掛かる。
同時に俺は腰を落として前傾姿勢を取り、振り下ろした右手を振り上げた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。