第326話
キャンプ用の簡易テーブルを広げ、そこにミミルの空間収納から食材を取り出してもらう。
ダンジョンに向かう時、厨房から取ってきたので田中君が昨日焼いたパンも入っている。今朝はこれを使うことにしよう。
具材は、まだ残っている低温調理したキュリクスの肉。
野菜の類はダンジョン内で採れたもの。面倒だから地上での呼び名で――ブロッコリー、カリフラワー、ロマネスコ、キャベツ、ニンジン、セロリ。
上手く使えば無理ではないが、パニーニにするにはちょっと厳しいものばかりだ。
できれば、ダンジョン産のトマトやニンニク、タマネギが欲しい。
こういう時は……。
「ミミル、他に持ってるダンジョン産の野菜はないか?」
「……ん、ある」
1つずつ、ミミルが簡易テーブルに並べていく。
まずこれは……カボチャかな。ゴツゴツと凹凸がある実で、色は黄色い。
ただ、皮の部分は思ったよりも薄い。
〈これは何という名の実かな?〉
〈ロバシンという。遥かに酸味が強いが、ニホンにあるトマトに似た味がする。食べると疲れが取れるぞ〉
〈ほう……〉
〈……そして、これはオバシン〉
ミミルが手に取ったのは20センチはあるイチゴのような形をした実。色は茶色と黄色、赤色のマーブル模様だ。正直、食欲が湧くような色合いではない。
〈エルムヘイムに自生しているバシンという草の実に似ているので、バシンという名がついている〉
〈なるほど……ニホンに似た野菜はあるか?〉
〈いろいろ見たが、食べていないのでわからんな〉
〈……まあ、そうだろうな〉
肉ばかり食べて、野菜を食べないからわからないんじゃないか……なんて言葉は飲み込んでおく。
葉や花野菜、根菜は食べさせているが、実野菜はトマトくらいしか食べさせていない気がする。
ミミルからオバシンを手渡され、触感を確認する。
皮が薄くて弾力があるが、適度に軟らかい。力を入れると指が食い込みそうだ。大きさはロバシンに近いが、明らかにこちらの方が重い。
ロバシンがトマトに似た味をしている……日本のように品種改良などはされていないだろうし、アンデスから欧州へと運び込まれた頃のトマトに近いのかも知れない。形状的にも日本の古い文献に記載されていた唐茄子に似ているような気がする。
トマトはナス科の植物だから、バシンというのが茄子に似た植物なのかも知れないな。そう考えるとこのオバシンも茄子っぽい気がする。
同様に、他の野菜類も確認していく。
硬くて黒い皮に包まれた球体。中身は何かと割ってみると、ペロリと皮が剥けた。中から出てきたのは赤い薄皮で包まれた、タマネギのようなものだ。
ミミルによると、第3層にいる魔物が出すらしい。
同じ場所にトリュークという魔物もいて、そちらはニンニクに似たものだった。
どちらも臭い吐息を出し、それを吸うと涙が止まらなくなるらしい……そのまんま、タマネギだ。
他にも毒々しい色をしているサラールという野菜は、生だと白菜のような葉をしているのだが、熱湯を掛けると葉が縮んでレタスのような見た目と触感に変わる。
逆に、見た目はキャベツのように丸まっているがお湯を掛けると葉が伸びてほうれん草のようになる、ナットという野菜もある。
基本的な野菜はだいたい手に入ると思えばいいのだろう。
できれば豆類や胡椒なども手に入ると嬉しいのだが、ダンジョン内では魔素の影響で生殖の核となる単細胞は存在し得ない。あってもヴェータのように胚がない実なのだろう。
「ありがとう、これ……使ってもいいか?」
「……ん、問題ない」
確認したのは先ほど皮を剥いたリュークの実とサラール。
リュークの実はナイフで薄くスライスし、魔法で器に溜めた水の中に晒しておく。
サラールは手に持ったまま、中に水を作り出して全体に湿らせるとマイクロウェーブで加熱する。見る見るうちに丸いレタスのように変わっていくのが面白い。
数枚だけ葉を剥いて、再度水で洗うと普通に色が変わって地上のレタスと同じような色味になる。
ロバシンも試してみたいが、トマトの原種に近い酸味があるようなので今回はパスだ。地上で買ったトマトを使う。
ロバシンは煮込みやトマトソースを作る際に使うといいだろう。
あとは芋類、豆類、唐辛子、塩に胡椒……などが手に入れば非常に楽になる。
確か、唐辛子のような辛い物はエルムヘイム人が好まないだけで、ダンジョン内にあるような話をミミルがしていたはずだ。
栄養的には卵なんかもあると嬉しい。卵も単細胞だが、胚がないものがあるかも知れない。
「ラウン以外に卵ってないのか?」
「……第4層、第6層に鳥いる」
「ほう……」
話しながら田中君が焼いたプティバタールに横からナイフを入れ、サラールとリュークの水気を切って、オリーブオイルとワインビネガーで作ったシンプルなドレッシングを纏わせる。
あとは下から順にサラール、リューク、ミラノサラミ、低温調理したキュリクス肉の薄切り、ゴルゴンゾーラ・ピカンテを挟んで出来上がりだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。