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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第33章 ダンジョン第三層へ
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第323話

 田中君がティラミスをカットしてケーキ皿に装い、そっとミミルの前に差し出した。

 うるさい人がいれば、ここは年長者から出すべきだ……などと言われるかも知れないが、ミミルと仲良くしようとしている田中君に文句を言うほど俺も野暮ではないし、実はミミルが最年長だからな。

 お客さん相手だったら当然叱る。


 薄茶色から焦げ茶色に染まったサヴォイアルディとカスタードのような色をしたクリームが層を成していて、ココアパウダーが上部を覆っている。


 ミミルがティラミス、俺、ティラミス、俺……順番に視線を向ける。早く食べてみたくてウズウズとしているんだろう。

 だが、そうもいかない……全員にティラミスが行き渡るまでは待つものだ。


 最後に田中君が自分の分を置いて着席したところで、試食タイムだ。


「田中君、ミミル、ありがとう。いただきます」


 皆が着席したところで、手を合わせる。

 田中君は少々驚いたような目をしている。食べる前に態々お礼を言われるとは思っていなかったのかな。

 ミミルはというと、「マテ」をさせられている犬のようにティラミスを注視していたのだが、名前を呼ばれたせいか俺の方へと視線を向けた。だが、「ヨシ」と言われた子犬のように、急いでスプーンをティラミスへと突き立てる。


 ミミルの可愛らしい仕草を見ながら、俺もそっとティラミスにスプーンを差し入れる。

 直前になって再度振りかけられたココアパウダーの香りが鮮やかだ。中に挟んだサヴォイアルディは、エスプレッソから作ったコーヒーシロップなので薫り高く、少し遅れて口の中で一体となっていく。

 とても滑らかで口当たりの良いマスカルポーネと卵黄のクリームは程よい甘さで溶けていく。


「ん、おいしい」


 ミミルがキラキラと瞳を輝かせて俺を見上げ、そのあとに心配そうな顔へと変化させる。

 自分が手伝った料理ということもあって、他の人の評価が気になるのだろう。


「ああ、すごく上手くできてる。美味しいな」


 俺の言葉を聞いて、ミミルはうれしそうな笑みを湛えてティラミスへとスプーンを伸ばしていく。


「はあっ……ほんま、かいらしわあ」

「ほんま、理想の親子やね」


 なんだろう、田中君がティラミスを食べる手を止め、見惚れるようにミミルを見つめている。

 一方、裏田君は見慣れたかのような言葉を漏らすが、やはり娘さんとは上手くいっていないのだろうか。


「ミミルは何を手伝ったんだ?」

「ミミル、サヴォ……サヴォイアル()()並べた。あと、この上、塗った」


 訊ねると口の中にあるものを飲み込んでから話してくれる。

 ご苦労さんと声を掛けると、いつものように「ん」と声を漏らしてまたティラミスへと手を伸ばしていく。


 それにしても、整然と並んだサヴォイアルディを見るに、ミミルの生真面目さが生きている。もう少し褒めたら他のエルムなら雑に並べておしまいだぞなどと偉ぶるような気がする。


「味付けはモモチチ。おいしい」

「え、もうっ……」


 肝心なコーヒーシロップやマスカルポーネクリームのことをミミルは言っているのだろう。

 ただ、モモチチと呼ばれたことで褒められたのか、(けな)されたのかわからない……そんな微妙な表情を田中君が作る。

 他人の子どもを保護者の前で叱るというのは勇気が必要だし、どうしようか困っているんだろうな。


「ミミルの代わりに……というわけじゃないが、ミミルが暮らしていたところは名前に『おねえちゃん』を付けたりしないんだ」

「――?」

「ニックネームで呼ぶのが一般的な文化なんだよ」


 俺の説明を聞いて、田中君は数秒ほど静止ボタンを押したかのように動かなくなった。


「あ、ああ。そういうことなんかあ。欧米の人たちってそうやもんね……」


 1年間、欧州を転々として勉強してきたのだから、向こうの文化も理解しているのだろう。

 田中君は独り言のように呟く。「おねえちゃん」呼びをしてくれない理由は納得できたようだ。


「ほな、桃香(とうか)って呼んでくれていいよ」

「トーカはモモチチ」

「それは……」


 桃香(とうか)おねえちゃんと呼ばれることに諦めがついたものの、流石にモモチチと呼ばれることに対してまだ抵抗があるようだ。


「他にも桃香(とうか)いる。区別できる」

「それはそうやけど……」


 ミミルも上手いこと言うが、田中君はまだ納得できないようだ。いや、納得しろという方が無理があるか。


 恨めしそうに田中君がこちらへと視線を向けるが、仕方ない。

 とりあえず田中君を宥めるためにも、渾名(あだな)……というよりニックネームで呼ばれることには納得してもらおう。


「ヨーロッパでも、本名と違う呼び方をされている人がいるじゃないか」


 英語の人名だと、ニックネームが本名とはかけ離れた呼び方になっている場合がある。

 例えば、ニックネームがボブの人は、本名はロバートだったりするし、ポリーの本名はメアリーだったりする。デイジーの本名はマーガレットだったりするのでややこしい。


「良いニックネームが見つかるまで、我慢してほしい」

「僕は桃と言えばピーチをイメージするなあ」

「――ピッチ?」


 ミミル、その呼び方は字面的にダメだ。


ティラミスが生まれたのは1969年。半世紀ほど前のことです。

イタリアのトレヴィーゾ県にあるLeBeccherieというレストランで生まれました。

本作で書いたティラミスは、オリジナルとされる形のもの。

日本ではアレンジされたものが多く出回っています。



あと、代表的な本名とニックネームの関係を少し挙げておきます。


Robert :Bert, Rob, Bob, Bobby, Robbin

Mary : Polly, Molly, May

Margaret :Daisy, Maggi, Maggy, Meg, Peg, Peggy

Elizabeth :Beth, Betty, Betsy, Lillian, Liz, Liza, Lisa, Eliza, Elisa


よく小説に登場しているキャラの名前……実はニックネームだったりするのですね。

マーガレットはラテン系の名前で英国には無かったので、英国名のデイジー(マーガレットを含むキク亜科の植物)と呼ばれるようになったらしいです。


この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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[一言] phsのことをピッチと呼ぶ人は居ましたなあ
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