第322話
テーブルに戻ってきた田中君を、俺や裏田君、ミミルがじっと見つめる。
戻ってくるところを見ているだけなのだが、皆に見つめられいるせいか、少し恥ずかしそうだ。
「少し酔おてしもたかも……」
「大丈夫かい?」
飲食店でアルバイトをし、ソムリエの資格も持っているくらいだから、お酒も嗜むはずなのだが……緊張していたのかも知れない。
30を超えたおっさん2人と、ちょっと高級なステーキハウスに入ったせいかな。それに、ワイン選びまでさせてしまったからな。あくまでも「気楽に、自分の好みで選んでくれ」と言ったのだが、予算だとか色々と気を遣ってくれたのだろう。
「大丈夫です。酔おてるけど、酔っぱらってへんし」
「なるほど」
酔って気が大きくなったり、おしゃべりになったりする。その程度ってことだな。
誰にでもあることだし、BGMが流れていたり、ざわざわと騒がしい飲食店では自然と声も大きくなるから仕方がない。
「注文した品は全部でてきたと思うんだけど、どうする?」
「デザートやったら、さっき田中君とミミルちゃんが作ったティラミスがありますやん」
俺自身は裏田君と2人で事務所に籠っていたから、田中君とミミルがどのくらいの量を作ったのかはわからない。
とはいえ、少量作るのも、ある程度まとまった量を作るのも労力的には大差がない。サヴォイアルディを並べる個数が増えたりするから手間と時間はかかるが、体力仕事のチーズクリーム作りの部分はミキサーだ。
四人で食べて余るくらいの量は作っているだろう。もしかすると、明日のパートやアルバイトたちの休憩に出せるくらいは用意してくれているのかも知れない。
「チィラミス、たべる?」
「そうだな、店に戻って食べようか」
ミミルが期待に満ちた顔で俺を見上げる。
残った分をすべて空間収納に仕舞うと言い出しそうだが――大量に作ってあるなら、一夜にして無くなるのは不自然だ。
どのくらいの量をつくったのか、確認しておこう。
「それで、どのくらいの量を作ったんだ?」
「1つのサイズをどれくらいにするかにもよりますけど……3段4列、3段5列、4段4列、4段5列やから12個から20個ですね」
「ふむ……」
日持ちするものでもない。このあと4人で1人あたり1個、明日は8人で1個ずつと考えると12個で良いと思う。
実際のボリューム感はこのあと確認すれば良いだろう。
「じゃあ、明日からパートとアルバイトが4名来るから、12個で頼む。店で出すサイズは現物見て決めよう」
「わかりました」
方向性が決まったところで、会計を済ませて店を出る。
チラチラと他の店の客の入りを見て歩くと、いろいろと面白い。
ラーメン店には外国人観光客も増えているが、日本人はネクタイ姿の男性ばかりが目に入るので、日本人観光客はやはりこの街らしさを求めて和食の店に流れているのかも知れない。
「ミミルちゃん、手え繋いでもええかな?」
「――ダメ」
「くううっ……」
田中君はミミルとの距離を近づけようと頑張っているようだが、ミミルはなぜか冷たい。
それは田中君の胸の大きさとかだけではなく、「桃香おねえちゃん」と呼ぶように誘導したことなども関係しているだろう。
だが、ミミルの塩対応のせいで田中君の中で何かが目覚めそうな気がして、会話を見聞きしている分には少し楽しい。
俺や裏田君はミミルの実年齢を知っているし、心のどこかに目上の人を見る目が存在している。一方、田中君はあくまでも小学生くらいの女の子を相手にしている感じだ。つまり、田中君に足りていないのはミミルへのリスペクトなんじゃないかな。
だが、事情が複雑でそれを田中君に説明するのは難しい。
どうしたものやらと考えているうちに、店に到着した。
ダンジョンの中で食べるほどではないが、熟成した赤身肉をたっぷりと食べたミミルは満足しているようだ。
ここで最後にデザートを食べれば、更に大人しくなるだろう。
客席へと移動し、エスプレッソマシンでラテやカプチーノを作って配ると、田中君が丁度いい具合に冷えたティラミスを運んできた。
大きめの耐熱ガラスの器は、縦が20センチ、横が25センチほど。縦横5センチの大きさにカットすれば20個とれるが、それだと小さい気がする。
「この器で作って、12個に切って丁度いいくらいだな。原価はどれくらいなのかな?」
「この器いっぱいで、2000円くらいです」
3段4列でボリューム的にも許容範囲といったところだろう。それで1個あたりの原価は175円。売価を原価の3倍に設定するとして、単品1個あたり凡そ500円。
売れ残ってもミミルが食べてくれる。
「12個に切る感じでいこうと思うが……」
「いや、食後のデザートには大きいですわ」
「最近の人は食べないですからね。うちは、もう少し小さくしてもええと思います」
「そ、そうなのか……」
現地の人たちはたっぷり食べるイメージだが、日本人は違うらしい。
結局、4段4列の16個ということになった。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。