第314話
ベランダの工事で何か問題や確認したいことがあったら事務所に来てもらうように林さんに伝え、俺は裏田君が待つ事務所へと移動した。
「悪いね、押し付けるような形になっちゃって……順調かな?」
とはいえ、すべての料理を押し付けたわけではない。
基本的なメニュー……カルボナーラやペスカトーレ等は既に乾麺で計算したものがある。
昨日まではパスタランチを乾麺で……と考えていたから、ベランダ工事の業者がくる前に麺の原価計算を済ませただけだ。乾麺を使った場合と、生パスタの差額を元に計算してもらえばそれでいい。
主に創作系のパスタソースで料理を組み立てるランチメニューの方は、裏田君が担当することになる。
「ええ、当面の間、ランチで出すメニューくらいは計算が終わってます。あとは、今日オーナーが言うたはったピンチョスですわ」
「ああ、トルティージャを付けるにしても、通常サイズの何分の1にして出すか言ってなかったな」
「それっ! それですわ!」
夜のメニューも、最初から考えていたメニューがあり、想定原価は用意されている。
シンプルなものでいけば、ジャガイモとタマネギのトルティージャに使うのはジャガイモを2個、タマネギを4分の1、鶏卵を4つに塩。ニンニクを使わずに仕上げて、ニンニク入りのマヨネーズであるアリオリソースを添えるというレシピになっている。
ジャガイモとタマネギは1個50円、卵は1個25円で算出。オリーブオイルや塩の値段を入れても1個あたり240円というところだろう。
ピンチョスで8分の1サイズに切って出しても、原価は30円程度で済む。
これが1キロ3000円の豪州産アンガスビーフの外モモ肉で作ったタリアータなら10グラム足らずということになる。。
「トルティージャを8分の1にすると、原価で30円くらい。それを豪州産牛のモモ肉で作ったタリアータだと七グラムくらいだな」
「7グラムって……大きさにもよりますけど、ローストビーフで1枚ってとこですね」
ピンチョスならそれでいい。3品つけてサラダ込みで原価120円分くらい。普通に値付けするなら400円くらいだが、ランチセットなら200円くらいでイメージしておけばいいだろう。
ランチセットを1000千円と設定した場合、残りの800円でどれだけの料理を出せるかで決まる。
「そうだな。裏田君の考えてるランチメニューの原価を見せてくれるかい?」
「あ、はい。これですわ」
パソコンが苦手なのか、手書きで書いたメモ程度のものだ。
まあ、これは俺がどこかでパソコンに入力するしかないな……。
内容の方はしっかりとしたものだ。
5月の最終週にオープンすることもあり、季節の食材をうまく取り込んだ内容になっている。
例えば、クレソンとベーコンのペペロンチーノ。
オランダ水辛子とも言われるクレソンは、5月末くらいまでが旬の野菜。ピリッとした辛みがあるので脂っこい肉料理に添えられたりする。グアンチャーレのような脂っこいものに合わせると更に美味しそうだ。
裏田君のメモには原価は320円となっている。
原価の3倍を売値とする場合、800円には収まらない。
「うーん……」
「あきまへんか?」
「いや、間違いなく美味いパスタなんだけどさ。少し原価が大きいかな。カルボナーラと比べてみると……」
卵黄2個とペコリーノ・ロマーノだけで作るカルボナーラの原価は325円。トマトソースとベーコン、タマネギとペコリーノ・ロマーノで作るアマトリチャーナが310円。豪州産牛肉を使ったボロネーゼでも360円。
こうして考えると、1200円であれば十分な利益を確保できるだろうし、1000円でも数が出れば問題ない価格設定になる。
因みに、ピッツァマルゲリータの場合は生地とトマトソース、バジル、モッツアレラチーズ、オリーブオイルが基本材料。原価は220円程度だ。小麦粉を更に安価な国産のものに変えたりすれば更に抑えられるとは思う
「ピッツァなら1000円に抑えられそうだけど、パスタは乾麺じゃないと厳しい感じだなあ」
「そうですねえ……」
乾麺なら高くても200円後半くらいに落ち着くはずだ。
裏田君は頭の後ろで手を組んで椅子の背もたれに身体を預け、視線を宙へと向ける。
セモリナ粉とは、小麦を粗く粉砕して襖を取り除いたものを指す。だから小麦粉以外にもセモリナというのは存在する。
但し、小麦粉の場合は主にデュラム小麦を用いたものを指す言葉になっている。
本格的な乾麺のパスタはデュラム小麦のセモリナと用いられていて、生パスタにした場合は一般的な強力粉である0粉や00粉よりも更にモチモチとした食感が楽しめる。
だから、看板やメニューにも「当店の生パスタにはデュラム小麦のセモリナを使用しています」と書くだけで、他店と差別化できると思ったのだがコスト的には厳しそうだ。
まあ、もう少し工夫してみて駄目なようなら再考することにしよう。
[伊]ペスカトーレ(Pescatore:単数形はPescatora)
ペスカトーラ(Pescatora)はイタリア語で漁師を意味する単語。〝Spaghetti alla Pescatore〟で漁師風スパゲティという意味になります。イカ、エビなどが入った海の幸のトマトソースです。
[伊]グアンチャーレ
豚トロの部分にあたる豚の頬肉の塩漬けです。
原価計算は高めに見積もっています。
ここに人件費、家賃、光熱費等々がかかりますので実際の原価を商品単価に反映すると、実際はもっと高くなります。
勘違いなさらないようにしてくださいね。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。