第311話(ミミル視点)
先ほどまで混ぜ合わせていた白いものをトーカが持っているので無理に手を振りほどくわけにいかない。
だが、無駄に成長したトーカの脂肪塊が重く、私の首が悲鳴を……というほどではないが、負担になっているのは確かだ。
「もうちょっと我慢しよし」
どろりとした白いものを敷き詰めたサヴォイアルディに掛けて平らにしたところで、解放された。
「ごめんね、うちもそんなに大きゅうはないから、窮屈やったね」
大きくはない……だと?
謙遜しているつもりかも知らないが、その大きさだと王都フィオンヘイムの中で五指に入る。過度な謙遜は嫌味にしか聞こえないぞ。
ま、まあいい……ここは地球という星の、日本という国だ。
エルムヘイムと比べること自体が間違いだとしょーへいに言われたばかりだ。我慢するとしよう。
「次、しない。いい?」
「あ、うん。もうしいひんよ。それで、またコーヒーシロップに片面だけ浸してまた並べてくれる?」
「――ん」
さっきのようにエルムの感覚で並べるとまた怒られるだろう。
私の頭の上を脂肪塊置き場にした仕返しにならないか?
いや、そんな小さな仕返しをしたところで、やり直しさせられるのは私だ。最初から丁寧に並べていくのが吉というものだろう。
縦20ハンレハシケ……おっと、地球ではセンチメートルと言うのだったな。縦20センチメートル、横25センチメートルの玻璃でできた器。そこにトーカが流し込んだモッタリとしたものが平たく均されている。
そこにサヴォイアルディを黒い液にサット軽く浸し、丁寧に並べていく。
完璧だ。
一分の隙間もなく、整然と並んでいる。
「上手やねえ。ほな、次は残りのザバイオーネ・クリームを流し込むえ。半分やし、軽うなってるさかいミミルちゃんでもできるかな?」
「ん、できる」
あの銀色の器に入っているのはザバイオーネ・クリームと言うのか。覚えておこう。
トーカはニコリと笑顔を作りで私に銀色の器を手渡してくる。
底に平らな部分があるが、半球状になっていてなかなか大きい。
だが、トーカにできることなら、身体強化すれば私にもできる。
受け取った金属製の器から中に入ったザバイオーネ・クリームを流し込むと、トロトロと流れ込んでいく。
粘度が高いのでなかなか時間がかかる……駄目だ、金属の器を持つ手がそろそろプルプルと震えだした。
「スパチュラ使うたら楽なんえ」
言って、トーカは銀の器の中に残ったクリームを刮げるようにして集め、玻璃の器の中へと落としていく。
スパチュラ――ヘラが結構強い力で銀の器の中に押しつけられる。姿勢を崩さないように力を入れるのがたいへんだ。
だが、このヘラがあるだけで作業はすぐに終わった。銀の器の中には舐め取ったのかと思うほど何も残っていない。
舐めてみたかった……。
「これは、イタリアのサヴォイアという貴族の家で出されたサヴォイアルディと、ザバイオーネ――卵黄とマルサラ種、お砂糖で作ったクリームが基本なんえ」
ふむ……これは地球の貴族に伝わる菓子ということか。
イタリアと言っていたが、何度かしょーへいも言っていた。南欧とかいう地域にある国のはずだ。確か、窯で焼くチーズたっぷりのピッツァとか言う料理や、パスタというのもその国の料理だと言っていた気がする。
厚手の玻璃でできた器に入った様子は、薄い黄色味を帯びたトロリとしたクリームが敷き詰められただけの状態だ。横から見れば敷き詰めたサヴォイアルディとやらが見えるので、層になっているのはわかる。
だが、これだけでは美味しそうには見えない。
「最後にコレ――ココアパウダーを振りかけてくれる? こうして……」
トーカが金属でできた小さな篩を使って茶褐色の粉を振りかけていく。
「ミミル、やる」
「うんうん、やってみて」
小さな篩を受け取り、褐色の粉を分厚い玻璃の容器を覆う薄黄色いクリームの上に振り落としていく。
「上手やねえ。もう少しこっちも、うんうん」
「か、かんたん」
調子に乗って篩を振り回していたが、どうやら斑ができていたようで、上手く誘導された気がする。
完全に私の方が年下扱いされている気がして気に入らないが、我慢……我慢だ。たかだか24歳の小娘ではないか。
問題はこの調理台の高さだ。
私の身長では手を伸ばしたところで高さが足りず、どうにも均等に粉を篩うのが難しい。
魔法を使っていいのならヴィンニで浮き上がれば済むのだが、しょーへいから禁止されている。
「もおええよ。ここまで出来たらあとは冷やすだけ」
「冷やす?」
出来上がりではないのか?
元々冷たい材料で作っているから、これでいいではないか……ここで更に冷やす意味はあるというのか?
「うん。中のサヴォイアルディがサクサクするよりも、水分吸うてしんなりする方が美味しゅうなるんえ」
ほう、確かにいままで食べて来たケーキは一様に土台があった。
言ってることはよくわかる。
でも目の前に美味そうなものができあがったら、すぐに食べてみたいと思うのが自然な生理現象というものだ。
「ひとくち……」
「あかんえ。いま食べると崩れてまうし」
くそう……やはり胸の大きな女は好きになれん。
実は、桃香は「自分の身長が大きくない」と言っていますし、「もおしいひんよ」はミミルの後ろに回ってザバイオーネ・クリームを掛けることを指していたりします。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。