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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第3!章 エルムとは
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第310話(ミミル視点)

 しょーへいと買い物を済ませて帰ってくると、店の玄関へと出てきたのは裏ちゃんだけ。

 あの無駄に大きな脂肪を胸につけた……トーカとか言う小娘は奥でパンの焼きあがりを見ているらしい。奥の方から「おかえりなさい」という声だけが聞こえて来た。


「ミミル、早速だが荷物を出してくれ」


 厨房で作業をしているトーカに聞こえないよう、しょーへいが私に小声で指示を出した。

 しょーへいが買ったものは、店で受け取った紙袋のまま空間収納に仕舞ってある。それらを次々と取り出して地面に並べると、しょーへいと裏ちゃんが慌てて厨房の中へと運んで行く。


 私の出自やダンジョンについて、しょーへいはトーカに話すつもりがないようだ。空間収納のことなども見せないようにしているのだろう。


「これで全部かい?」

「ん、全部」

「ありがとうな。じゃあ、この後はティラミス作りだから厨房の中においで」


 しょーへいが私の右手を取り、厨房の中へと入っていく。

 厨房の中はとても香ばしい香りが広がっていた。


「いい匂い、する」

「ああ、そうだな。焼き立てパンの匂いは食欲を刺激するよな」

「ほんま、うまいこと焼けてますよ」


 ダンジョン第2層の攻略を決めた後、しょーへいと買いに行った長いパンに似ている。だが、長さが半分くらいしかない。


「まだ割ってへんし、わからへんえ」


 トーカが焼き立てのパンに包丁を入れると、中央でパックリと割れ、生地から湯気が上がる。

 だが、断面を見たトーカの表情は少し残念そうだ。


「少しクラムが足らへんかも……」


 トーカはしょーへいに割ったパンを差し出した。

 裏ちゃんも覗き込むようにしてそのパンを眺めている。


「大きさは丁度いい。次回は同じ温度設定で30分……いや、15分かな。膨らむ分、生地は小さめがいいな」


 真剣な顔をしてパンの断面を見つめたしょーへいがトーカに助言をする。

 裏ちゃんは専門外なのか、感心したようにしょーへいから受け取ったパンを眺めている。

 どうやらすぐに食べるわけではないらしい。エルムヘイムでも焼き立てのパンは美味いから人気だというのに、不思議だ。


「次はティラミスだよな。続けて作業してもらって大丈夫か?」

「ええ、大丈夫ですよ。ミミルちゃん、こっちおいない」


 トーカが私に向かって手を伸ばして指先をクイクイと動かしている。行っても大丈夫なのか?

 しょーへいを見上げてみると、何も言わずにただ頷くだけだ。


 その間にもトーカは材料を調理台の上に並べていく。


「ほら、早く行っておいで」

「――ん」


 しょーへいの口調が妙に優しい。

 女同士で仲良くなれ――そういうことなのだろう。

 だが、私はこの地球とは違う世界から来たエルムだ。

 地球の――日本の女とは価値観も違うし、持っている知識も違う。簡単に仲良くなど……なるほど、そういうことか。


 こういう気遣いができるというのが、将平の長所なのだろう。

 その割に自分で話すのは苦手のようだが……。


 ゆっくりと歩いてトーカの隣へ移動する。


一端立(いちはなだ)って材料の計量から始めるえ」

「――?」

「……あ、最初に材料の計量からね」


 裏ちゃんもそうだが、トーカも私が授かった日本語の技能にない言葉を話すときがある。だいたいは、なんとなく理解できる――理解できるのだが、いまの言葉はわからなかった。

 エルムヘイムにも種族によって聞きなれない言葉が混じることがあるが、それらは種族特有の訛りだ。

 例えばエオリアは猫人族で、語尾が「ニャ」になることがある。

 だが、トーカの言葉は訛りとはまた違う。

 まあいい、またしょーへいに訊ねることにしよう。


 銀色の器の中に卵黄と白い何かの結晶を入れると、トーカが何かの魔道具を取り出した。

 先端に細く伸ばした金属をいくつも丸めた金具が2つついている。


「ミミルちゃんはこれをここに片面だけ浸して、こっちに並べてくれる?」


 差し出されたのは黒い汁が入った金属製の器に、分厚い玻璃でできた四角い容器と、袋に入った菓子だ。片仮名だから読めるぞ。


「サヴォ、イ、アルディ?」

「うん、サヴォイアルディ。ティラミスには欠かせへんお菓子なんえ」


 よくわからんが、これもお菓子なのか。確かに砂糖らしきものが振りかけてある。

 とにかく、黒い汁を片側に浸けて、玻璃の器の底に並べればいいんだな。


「もうっ……ちゃんと並べなあかんえ?」


 エルムの感覚で並べたら怒られた……芸術的なまでに整然と並べろということなのだろう。


 先ほどの魔道具は、先端の金具を高速で回転させる魔道具のようだ。ものすごい音を立て、銀色の器の中身を混ぜ合わせている。

 一瞬でトロトロとした美味そうなものが出来上がった。


 トーカは別の器に入っていた白いものを練り上げると、そこに少量ずつ入れて混ぜ合わせていく。


「これをミミルちゃんが入れてくれた器に半分かけて……」


 なぜかトーカが私の背後に立つと、急に頭が重くなった。

 側頭部の上に伝わる感触……。


 やめろ、頭の上にその脂肪の塊を載せるんじゃない。

 く、首が折れる……。


「ぐっ……お、重い……」


おいない   :[共]来なさい

より丁寧な言葉に「おいなはい」があります。

おいないは何度か聞いたことがある言葉なのですが、いまは耳にすることもありませんね。

 

一端立って  :[共]最初に

こちらも滅多に使われることがない言葉ですね……。


クラム    :[料]バケットなどの断面に入っている気泡のこと。



この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 『おいない』はそのままの意味で、伊勢の方ではまだよく耳にしますね。『一端立って』はさすがにこちらでも聞きませんけど。 そうかー『おいない』は京言葉やったんですね。斎宮のお付きの人とかが持ち…
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