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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第3!章 エルムとは
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第301話

 パンやケーキ類を焼くのは田中君がメインになるのは間違いない。

 冷蔵庫を開き、中に入っている酵母と元種代わりの老麺を取り出してみせる。

 丸1日近く冷蔵庫に仕舞っていたので、老麺(ろうめん)は頃合いに発酵している。


「作った老麺(ろうめん)はフォカッチャ用、ロゼッタ用、バケット用だけど……どれにする?」

「ロゼッタも焼くんですか?」


 田中君が俺の方へと驚いた顔をみせる。これで今日は2回目だが、さっきとは違った驚き方だな。

 ロゼッタは焼く時の温度が高く、難しいので本場イタリアでも出す店が少ない。各地を回って来た彼女なら驚くのも仕様がない。


「ピッツァと比べたら温度も低いからなあ……」


 引き出しからロゼッタ用の型を取り出してみせる。

 石窯のオーブンで焼いている店だと作るのにも苦労するが、今どきの国産オーブンなら温度調整は容易にできる。

 薪を使うピザ窯と比べたら全然難しくない。


「で、どうする?」

「じゃあ、バケットで」


 老麺生地が入ったキッチンポットを手渡し、小麦粉を手渡す。


「塩はこれな。あと、その小麦粉は中力粉。いいよな?」

「はい。ミキサーを使()こおてもええですか?」

「そのための機械だからな。問題ないよ」


 でも、いまの田中君は街着。この服装でパンを焼くのはよくないだろう。


「2階に更衣室がある。制服なども用意してあるから、そこで着替えてくるかい?」

「あ、はい。そうします」

「そこの隠し階段から2階へ。2階に上がると正面にあるのが更衣室……ああ、一緒に行こう」


 女性用更衣室には制服を用意している。

 予め本人からの申告に基づいて形やサイズ別に必要な数を注文してあるのだが、箱に入ったままだ。


 田中君を先導し、隠し階段の扉を開いて2階へと案内する。


「わあ、ここに階段があるんですねえ」

「町家なら普通だと思うけどな」

「うちらの世代やと、町家育ちの子おとかいてませんから」

「そんなもんか?」


 確か、田中君は生まれ育ちが桂といっていたはず。平安時代は貴族の別荘などがあった場所だが、江戸時代には山陰街道も通っていて町家も残っている。とはいえ、昭和40年頃と比べて人口が倍以上に増えていると聞いたので、いまでは立派な住宅街なのだろう。


 田中君と2人で会話しているせいか、ミミルの視線が何か冷たい気がする。

 そんな目で見るくらいなら積極的に田中君へと話しかければいいのに……と思うのだが、共通の話題などないから厳しいかな。


「こっちが女子更衣室、こっちが男子。右手側の部屋が事務所になっている」


 ピクトグラムを使うとトイレに見えてしまうので、赤文字で「女子更衣室」と書いたプラスチックの白い板が貼ってある。


 事務所部屋の扉を開け、積み上げられた段ボール箱から女性用のユニフォームを取り出す。

 その間に田中君はタイムカードに打刻し終えているのだが、右へ左へと上体を動かしているところを見るに、俺を壁にして隠れるミミルの顔を覗き込もうとしているのだろう。

 どうやらミミルも必死で隠れているいるようで、なかなか田中君の動きが止まらない。


「前に写真で見せていると思うが、女性用のユニフォームな。Mでいいんだっけか?」

「ええ、大丈夫やと思います」


 田中君にまだ袋に入ったままのユニフォームを手渡す。


「俺とミミルは少し家に戻ってるから、着替えたら呼びに来てくれるか?」

「はい、わかりました」


 田中君は嬉しそうにユニフォームを受け取ると、スキップしそうな軽やかさで更衣室へと向かった。


「ミミル、部屋に戻るぞ」


 サッとミミルの手を取り、そのまま連行だ。

 扉を開けて部屋に入ると、ミミルは何も言わずに部屋のソファーへと腰を掛ける。

 幸いにもミミルは俺のことを信頼してくれていると思うし、俺もミミルのことを信頼している。

 だが、店のスタッフを紹介する度に、あの調子では困る。エルムヘイムでのエルムとルマン族との間の確執のことも理解できるが、明日からバイトの女の子が2人、パートのお姉さん――俺の年齢からみての話だ――が2人来る。店の状況によってはバイトを増やすこともあるだろうし、軌道にのれば常連さんもできることだろう。


「ミミル、初めて会う人の前に出ると緊張するのか?」

「……ちがう」

「じゃあ、どうしてそんなに警戒するんだ?」

「むぅ……」


 俺のことをジッと見つめ、ミミルは頬を膨らませる。

 何が不満なのか、俺には理解できない。


「どうして……」


 問い質そうと再度訊ねようとしたら、ミミルが頬を赤くして両手で薄い自分の胸を掴むような仕草をしてみせた。


「とーか、胸大きい」

「……えっ?」

「とーか、胸大きい」

「それがどうかしたのか?」


 胸が大きい女性もいれば、小さな女性もいる。

 確かに、田中君は大きい方のグループに入るのかも知れない。


「ミミル、小さい」

「胸が?」

「……ん」


 ミミルはそのまま俯き、拳を握ってプルプルと震えている。

 これはまた答えに困る難しい問題だなあ……。


この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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