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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第30章 田中桃香
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第299話

 この街は碁盤の目のような形になっていることで有名だが、次の交差点は少し変則的だ。

 南北を走る通りが、この六角通りを境に南方面が東へとズレている。いや、北方面が西へズレているのかも知れないが、詳しいことはわからない。

 その変則的な四つ辻を左へ――通り沿い右側は小学校だ。


 平日の10時前ということもあり、教室では授業が行われているのだろう。

 窓から伴奏に合わせて子どもたちが歌う声が聞こえたり、体育の授業なのかホイッスルの音が聞こえてくる。


「ミミル、これが小学校。日本人の子どもは6歳から12歳までの間、ここに通って勉強するんだ」

「すごい。エルムヘイムの学校、小さい」

「実はこの街に最初の小学校ができたんだよ」


 日本は義務教育制度があるから、生徒数は多くなる。

 ミミルの話を聞いていると、エルムヘイムは産業革命前の西欧……中世くらいの文明レベルのはずだ。

 南欧にいたときに教わったのだが、イタリアだとボローニャ大学、サレルノ大学。スペインだとサマランカ大学などが生まれたのが11世紀頃。

 当時の騎士や貴族は城郭学校や宮廷学校で学び、都市の庶民は学校や修道院、教会などで読み書きを教わっていたという。まあ、都市部なら現実的には10歳にもなると「小さな大人」として働かされていたのが現実だし、農奴であれば村から出ることさえない。当時の識字率を考慮すると、実際に教育を受けていた子どもは非常に少ないだろう。

 決してエルムヘイムの教育事情が地球の中世と同等とは限らないが、単に文明レベルから比較するとこういう結果になってしまう。


「エルムヘイムの学校ってどんな感じなんだ?」

「6歳から10歳まで。文字読む、書く覚える」

「文字の読み書きだけかい?」

「足し算、引き算、掛け算……」


 四則演算くらいは学ぶということか。

 分数や小数の計算は……分数は話の中で伝わっているから、学んでいると思って間違いなさそうだ。

 日本の場合は社会や理科もあるはずだが、もう何を学んだかなんて覚えていない。

 エルムヘイムでは化学や物理といった分野が遅れているから、理科の内容も推して知れる。

 社会科は……国や文化文明が違えば内容も違うからなあ……。


 少し先に「羅甸(らてん)」と書かれた軒行灯(のきあんどん)が見えた。

 あと少しで店に到着するのだが、ここから見てもわかるくらい、店の中を何度も覗き込んでいる女性の姿が見える。

 5月も半ばを過ぎれば夏日になるからか、白のカーディガンを羽織り、七分丈の紺色のパンツに踵の高いサンダルを履いている。


「おや?」

「どうした?」


 不思議そうな声を上げた俺に、ミミルは心配そうにこちらを見上げる。


「いや、大丈夫だ」


 変な動きをしているが、間違いなく田中君だ。

 1時間も早く出勤してきたようだが、気合が入っているようだ。


 5m程度まで近づいて声を掛ける。


「田中君、おはよう」

「はっ、へっ?」


 糸屋格子の隙間から覗き込むようにしていた田中君が、慌てて背筋を正してこちらへ向き直る。

 身長はミミルよりも10cm……いや、もう少し高いだろうか。

 女性らしいふっくらとした体形に、前下がりのショートボブが顔を小さく丸く見せるせいで幼い印象を受ける。だが、俺より一回り年下の大人の女性だ。

 岡田君は眉間に皺を寄せると、怪訝そうに俺の顔を見上げる。


「オ、オーナー……ですか?」

「いや、なんでそうなる?」

「え、せやかて……えらいシュッとならはったし。あ、おはようございます」

「あ、うん。そんなに変わったのかな?」


 田中君は(おおよそ)そ、多くの日本人が抱く京都の舞妓ちゃんのようにおっとりとした口調で話しかけてくる。


 それにしても、完全に俺を俺と認識してもらえないほど外見が変わったのだろうか?

 裏田君も驚いていたが、痩せたとはいえ顔のパーツや配置が変わるほどの変化ではないと思う。たぶん、田中君は面接して採用を決めてから一度しか会ってないからだろう。給料が出ないのに長時間拘束するわけにもいかないので、その時も裏田君と3人で顔合わせの昼食会をした程度だ。


「前に会うたときは、なんていうか……」


 明らかに言葉を探すために言い淀む田中君。

 視線を合わせようとすると、スッと躱される。


「なんていうか?」

「お、美味しい料理を作る人て感じのイメージでした」


 洋食レストラン等に入ったとき、料理人が太った人の方が美味しい料理が出るだろうと期待するって人は結構いるからな。

 それを逆説的に使うことで、直接的に「太っている」ということを伝えずに「料理が上手そう」という誉め言葉でごまかしているんだろう。

 悪意を込めた――京ことばで言う「いけず」な語気は一切感じないので、急かされた結果として選んだ言葉がこれだったのかな。


「まあいいや。ミミル、こちらが田中君だ」


 すぐ左隣に目を向けると、いつのまにかミミルがいなくなっている。

 慌てて背後へと視線を動かすと、3mほど後方にある電柱の後ろに隠れてこちらを見ているミミルがいた。


 おいおい、どんだけ人見知りなんだよ……。


この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見えます。 電柱の裏に隠れてじっとりとした視線を当ててくるミミルさんの姿が。
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