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町家暮らしとエルフさん ――リノベしたら庭にダンジョンができました――  作者: FUKUSUKE
第一部 出会い・攻略編 第30章 田中桃香
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第294話

 ミミルに田中君のことを話すと、何故か驚いたように瞠目している。


「よ、ようがしの()()門家?」

「ああ、そのとおりだ。()()()だけどな……」


 ミミルは視線を逸らさず、俺の話をジッと聞いている。

 もう少し田中君のことを話しておこう。


「短大を卒業して、バイトしながら3年間製菓専門学校に通い、その後は1年かけてドイツ、オーストリア、イタリア、フランス、ベルギー、スペインの菓子を食べ歩いて来た子なんだ」


 ただ食べ歩いただけじゃなく、現地で作り方を教わったり、実際に店で短期的に働き、レシピを教わったりしていたらしい。


 短大、製菓専門学校で学ぶ間にしたバイトはフロア係。

 ソムリエの資格を取得したのはその頃だそうだ。


 だが、日本にはソムリエの資格は認定している団体が2つある。

 一方は実務経験がなくても取得できる。

 主婦をしながら講習を受けてソムリエの資格を取得したと言っている人たちはこちら側だ。

 もう一方は実務経験がなければ受験資格が得られない。その受験資格の中の1つは、酒類・飲料を提供する飲食サービスの仕事に3年以上従事していればいいというもので。アルバイトでも月間90時間以上働いていれば受験でき、合格すればソムリエの証であるバッジを受け取ることができる。


 田中君は葡萄の房に〝sommelier〟の文字が入ったバッジを胸に面接に現れた。

 履歴書の資格欄には普通自動車運転免許の他に、ソムリエ、製菓衛生師、調理師の3つの資格が書かれていた。実務を知らなければあまり意味がないのだが、それでも短大も卒業して若干24歳でこの3つを取得しているのはすごい。


 田中君の面接のときのことを思い出し、俺は話を続ける。


「すごい努力家なんだ。それで、面白いのが……」


 だが、ミミルの目はこちらを見ているものの、俺が動いても視線が変わらない。

 意識は明らかに違う方向へと向かっていることが明らかだ。


「ミミル、聞いてるか?」

「――ん。試食する」

「おいおい、何を試食するんだ?」


 突然、「試食する」と言われても何のことなのかわからない。

 ミミルの目をジッと見つめ、明日からやってくる田中君のことを再度説明することにした。


「だから、バイトをしながら学校に通って資格を取り、その後はヨーロッパの国々を転々としながら地方菓子を研究してきた頑張り屋さんなんだよ」


 一瞬、ミミルの目が泳いだ。

 全く俺の話を聞いていなかったといったところだろう。


「それで、何が試食なんだ?」

「――なんでも、ない」


 じとりとした目でミミルを見つめると、また目を泳がせる。

 俺が「菓子職人」と言ったときから少しぼんやりとした表情をしていたことを考えると……。


「もしかして、うちの店で出すケーキや焼き菓子を試食しようと思っていたのか?」

「――!?」


 ミミルは明らかに動揺して目線を泳がせる。

 まさかと思ってはいたが、図星のようだ。

 ケーキ類も必ず試食することになるが、メニューとして採用するかどうか考えるときだけだ。毎日のように試食できるものではない。


「ち、ちがう。肉、試食。肉、試食する」

「いや、さっき調理開始したところじゃないか。まだ二時間半はかかることくらいわかってるだろう?」

「……ん。時間かかる」


 何やらごまかそうとしているようだが、思考が先走ってしまったことを恥ずかしいと思っているんだろう。

 もう、俺の中ではミミルはかなりの食いしん坊という認識なので、いまになってごまかそうとしても手遅れだ。


「それよりもだ……」


 そっと箱に入った餅をつまんで持ち上げ、両手で2つに割ってミミルにみせる。


「外側が米を蒸して潰した餅でできていて、内側は小豆というを煮て砂糖を入れた餡子(あんこ)というものが入っている。こういった餅や餡子を使ったものが日本古来のお菓子なんだ」

「……もち、あんこ」

「食べてごらん」


 半分に割った餅をミミルに差し出す。

 ミミルはそれを受け取り、躊躇うことなく口の中へと入れた。


 こし餡が舌の上でさらさらと溶けると、灰汁のない小豆の風味と砂糖の甘味が口の中いっぱいに広がっているはずだ。

 俺も残った半分を口に入れる。


「田中君の実家はその餡子を作る会社――製餡所をしているそうだ。製餡所はお兄さんが継ぐから自分は菓子職人の道を選んだらしい」

「……あまい、おいしい」

「うん、甘くて美味いな」


 東京からこの街に帰ってきて久々に食べる味に、俺も少し心がホッとする。

 すると、またミミルが見上げ、俺の目をジッと見つめている。


「もう1個、食べていいぞ」


 最初からミミルに食べさせようと思って買ったものだ。断る理由がない。


 ミミルは少し不安げにしていた表情を綻ばせ、嬉しそうな笑みをつくって箱から餅を1つ取り出して齧り付く。


 元はと言いえば、田中君の実家の家業を説明するために和菓子を出したんだが、どうやらミミルはもうこの和菓子の味に夢中になている。

 このまま田中君のことを事前に話しておくにも、時間がかかりそうだ。


 そういえば、ミミルには魔法の使用を禁止していたけれど、空間収納も俺と裏田君以外の前で使わないように言っておかないといけないな。



この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。

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