第20話(下)
イオニス帝国のダンジョンを出発し、荒涼とした茶色い大地を歩き続けると、フィオニスタ王国領の宿場町、ヘガナスに到着する。
イオニス帝国からの物産をフィオニスタ王国に運び込む商人、逆にイオニス帝国に運び込む商人で賑わう宿場町だ。
そのヘガナスの安宿――赤い蜥蜴亭にフレイヤたち四人の姿があった。
「さて、どうするニャ?」
特徴ある耳を立てて辺りの様子を探る猫人族の少女――エオリア・マルソーが振り向いて尋ねる。相手は四人の中で唯一の男性、ティルヘーニル・ブラウミルトだ。
「先ずは身体を休めよう。そうだな――」
「次の鐘が鳴ったら食堂に集合でいい?」
金色の髪に碧眼、白い肌をした少女――エオローネ・フィリオレンドがティルの返事に被せるように問いかける。
「そうニャニェ……フレイヤはそれでいいニャ?」
「――え!? あっ……な、何のはなし?」
ぼんやりとしていたフレイヤの耳には他の三人の会話が入っていなかったようだ。
ティル、ローネ、エオリアの三人も、フレイヤの姉――ミミルが失踪したことを考えるとあまり強く言えないのか、渋い顔をしてフレイヤを見つめている。
「いま宿に着いたところなんだが……」
「とりあえず部屋に移動しましょうよ」
「ニャッ」
ローネがフレイヤの肩を優しく支え、部屋に続く階段を上る。後ろではエオリアが心配そうな表情をしてついていく。
「あー」
ティルもフレイヤのことがとても心配だし、同じくらいミミルのことを心配している。
だが、目の前に残された荷物のことも心配だ。
先に階段を上っていく三人の後ろ姿を見て、呆れたように両手をあげると、ティルは荷物を空間収納に仕舞って階段を上っていった。
フレイヤ、ローネ、エオリアの三名は同じ部屋。ティルだけが一人部屋なのだが、四人部屋一つ借りる方が本当は安い。ダンジョンの強い魔素のせいで妊娠する可能性がゼロに等しいとはいえ、未婚の男女なので同室というのは流石に認められないので仕方がない。
ローネはフレイヤを部屋に運び込むと、ベッドに座らせる。
「ね、フレイヤ――」
フレイヤの正面に立ったローネは、フレイヤの白くて柔らかい頬を両手で挟み自分の顔が見えるよう、持ち上げる。
「ミミルがいなくなったことがショックなのはわかるわ。でも――」
「ローネに何がわかるっていうの?」
急にフレイヤの視線に殺気が籠もり、足元から冷気が吹き出してきているかのように部屋の温度が下がる。
「――生まれたときから、いや生まれる前から姉さまと私は一緒だった。そう、生を受けてから128年以上ずっと!」
「ニャ! 待つニャ! 落ち着くニャ!」
慌ててエオリアが止めに入るが、もう遅い。
「姉さまのことだから、異世界につながっても生きていける。そこは信じてる。
でも、たったひとりで異世界に残されたと思うと心配になるじゃない!
あの気丈な姉さまでも、寂しくて泣いてるんじゃないか?
絶望に打ちひしがれているんじゃないか?
思いもよらぬ事件にでも巻き込まれているんじゃないか?
たった一人の姉のことを心配して何が悪いの?
ねぇ、何が悪いのよ!」
「そ、それは――」
「悪くなんてないさ。でも、心配したところでミミルが救われるわけじゃない――」
女性陣の荷物を下ろすため部屋に入ってきたティルがローネの後ろに現れ、落ち着いた声でフレイヤに話しかける。
「だが、心配して足踏みしていればそれだけミミルを救うのが遅くなる。だから、せめて団体行動しているときは控えて欲しい。
それに俺やローネ、エオリアにとってミミルは大事な大事な――本当に大事な仲間だ。当然ミミルのことが心配だし、救いたいと思ってる」
「――え、ええ。そうね、わかったわ」
ティルの言葉に納得したのか、フレイヤは先ず大きく深呼吸をする。肺いっぱいに吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し、気持ちを落ち着かせた。
「みんな、ごめんなさい」
「いいのよ、わかってくれれば……」
「ニャ」
「うん。と、いうことで――」
ティルは立ち上がってエオリアとローネ、フレイヤの荷物を取り出して並べる。
「次の鐘が鳴ったら食堂に集合……で、いいな?」
「「「うん(ニャ)」」」
◇◆◇
時を知らせる鐘が鳴り、四人は夕食と今後の話をすべく食堂に集まっていた。
「とりあえず相談なんだが、ミミルのことを国王様に報告しなければならない。
だが、ここから王都まで最短で7日かかることを考えると、伝書鳥をつかって国王様に手紙を出すべきだと思っている。
みんなの意見はどうだ?」
「そうね、報告は急いだほうがいいわね……」
「ニャッ」
「私もそう思いますわ」
四人の意見が揃ったところで、ティルは続きの話に入る。
「では、今夜のうちに手紙を書き、明日の朝に伝書屋を探して飛ばしてもらうことにしよう。
とりあえず、フレイヤの剣は――新たに打つしかないか?」
「ええ、鉄の剣では21階層の守護者は無理だと思いますの。ウォルフレイムと同等以上のものを作る材料と、場所が欲しいところですわね」
「わかった。伝書屋のあとに街を回ってみることにしよう」
そんな話をしていると、料理が四人の前に運ばれてきた――。
ここから第二部につながっていくお話です。
いきなりエルムヘイム側のお話になって驚くかも知れませんが、タイムラインを考慮し、この場所に書くことにしました。
次話はまた町家の中に話は戻ります。






