第283話
最初は面白がっていたが、全然チーズが切れないので焦ってきたのだろう。ミミルの縋るような視線が俺へと注がれている。
だんだんと涙目になってきたような気がする。
「フォークをくるくると巻いて、伸びたチーズを巻き取るんだ」
口で説明しながら右手でフォークを操作してみせる。
俺の手の動かし方を見て理解したのか、ミミルは器用にフォークの先に残ったアランチーニへと伸びたチーズを巻き取っていく。
「もう、ほんまもんの親子ですやん」
「そんなわけないだろう」
「ん。ちがう」
裏田君の言葉に返すと、まだ自分の演技力が足りないと思っているのだろう……ミミルも強く否定した。
「いやいや、手え繋いで歩く姿とか、ミミルちゃんの甘えた感じとか、オーナー……高辻さんがえろおミミルちゃんに気い遣ったはるとことか……第三者の意見としては、「もう親子」で決まりですわ」
心底呆れたような顔をして裏田君が俺たち2人から受ける印象を包み隠さず言葉にする。
俺には実際に子どもがいた経験がないのでどう接していいのかわからない。
「ミミルに俺が気遣いしているように見えるのか……」
「それだけやあらしまへんで。さっき、ミミルちゃんの服装見てたときの目えとか、もう父親以外の言葉が見つからしまへんわ」
「ううむ……」
俺としては子どもと遣り取りしているつもりはないのだが、外見に関係するところはどうしても見た目に引っ張られているのかも知れないな。
「それに、ミミルちゃんや」
「ん。なに?」
「ミミルちゃんはもう全幅の信頼を高辻さんに寄せたはる。うちの娘に見習わせたいくらいや」
言った自分が悲しくなってきたのか、片手で両目を塞ぐ仕草をする裏田君。まあ、間違いなく泣いている振りだ。
裏田君の娘は小学6年生だったか……。
「微妙なお年頃なんだな」
「いつか来るとは思ってましたけど、こんなに早いとは……」
女の子の父親離れは小学校の5、6年生くらいから始まるというから間違いないだろう。
ミミルは裏田君の娘の10倍は生きている……トータルだと600年生きていることになるらしいから、50倍も生きている。そんな心配はないはずだ。
「裏ちゃん、嘘泣き」
30歳を超えたいい大人が娘に相手にされないからと泣いたりすることもないから、ミミルにも簡単に見破れる。
「そんな悩みは明日以降に出勤してくる女性陣に相談してくれよ」
「それええですやん。そうさしてもらいます」
ケロリと真顔に戻って顔を覆った手を下す裏田君。
料理もひと通り食べ終えたことだし、そろそろ次へ向かおう。
会計の際、店員にお願いして店長を呼び出してもらう。
奥から出てきたのは俺よりも少し年上、40代前半の男性だ。
「ああ、裏田はんやないですか。こんな時間に珍しい」
この界隈でも結構顔が広い裏田君に気づいた店長が笑顔で声を掛ける。
直後、俺とミミルにも視線を向けて、一瞬だけ「誰?」といった少し怪訝な顔をすると、すぐに笑顔に戻った。
親戚か何かと思ったのだろうか。
「中村さん、毎度です。あの店は最初からヘルプで入ってたし、先月一杯で辞めさせてもらいまして、この近くにできる新しい店で働くことになったんです。それで、今日はそこのオーナーと一緒にご挨拶に来たんですわ」
「なんや、そやったんかあ」
店長の目がまた俺の方へと向いた。
会話の流れからすると、このタイミングで自己紹介を済ますのがいいだろう。
俺は一歩前に出るど、ショップカードを取り出して店長へと差し出す。
「高辻と申します。近くに羅甸というダイニングバルを開くことになりまして、今日は裏田君と挨拶回りにお邪魔しました。今後ともよろしくお願いします」
「これはまたご丁寧に。こちらは娘さんで?」
皆の視線が集まると、一瞬で俺の背後にミミルは隠れてしまう。
いつもの人見知り発動だ。
よく考えると、ルマン人と敵対するエルムという種族というのもあって、余計にそうなっているのかも知れない。
「僕の娘に見えます?」
「絶対に見えへん」
いいタイミングで裏田君がボケてくれる。
店に来た同業者の相手をするとなると、必ず警戒の色が目に浮かぶ。そこで裏田君の一言が場を和ませる。
「うちの子ですよ」
「えらいかいらしい子ですなあ。ハーフさんで?」
「ええ、母親はスウェーデン人なんです」
「へえ……」
俺が履いているデニムのベルトループに指を突っ込み、ミミルは腰のあたりからそっと顔を半分出して中村さんを見上げる。
「すみません、かなり人見知りな子なので……」
ミミルの頭を撫でようと後ろに手を回すと、背後に新規で入店しようとしている客の姿が見えた。
「かましまへんで。またゆっくり来てください」
「はい、またお邪魔します。ごちそうさまでした」
「ごっそうさんです。ほな、また」
長く会話するとまた腹の探り合いが始まってしまうが、いいところでお客さんが来てくれた。
最後に軽く挨拶を済ませ、俺とミミル、裏田君の3人は1軒目の店を後にし、夜の街へと足を踏み出した。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。