第282話
飲み物のオーダーが終われば、食べ物の注文へと進む。
まずはアンティパストを3人バラバラで頼むか、アンティパストミストか……と考えて料理メニューへと目を走らせる。
「いいねえ……アッサジーニがある」
小皿料理でいろいろと味見をするよう前菜を複数を選ぶシステムだ。他の言葉にするなら「前菜バイキング」といったところだろうか。
「なに?」
まだメニューを全部読んだことがないミミルが心配そうにこちらを見る。料理の写真はついているが、料理名はカタカナでイタリア語。日本語になっているところがあるが、それは漢字が含まれている。それでもミミルにとってはハズレのない料理しかないはずだ。
「ここから何品か選べば、小皿に少しずつ入れて出してくれるんだよ」
「おおー」
声をあげると、ミミルの瞳が輝き始めた。
いろんなものを沢山食べられる……なんて思っているんだろう。
「次も行きますし、アッサジーニを2つ注文する感じ。あとはミミルちゃんが食べる分を1品って感じやろか?」
裏田君がメニューを眺めながら首を捻っている。
食べるペースを考えるには、何軒行くのかを決めておく方がいいだろう。
「裏田君、何軒行く?」
「そうですね、開店直後のここで1軒目、次は食べるんがメインの店は混みあう時間帯ですよって、飲むところの方がええと思います。そのあと、また食べるんメインのとこにして、最後にまた飲むところ……でええんちゃいます?」
「つまり4軒か……」
ミミルは口の中に空間収納があるんじゃないかと思うほどよく食べるが、4軒続けてというのは厳しいだろう。
裏田君の案に乗って、挨拶回りするのがよさそうだ。
結局、店員を呼んでアッサジーニを2人前、アマトリチャーナを1人前注文した。
この間に参考程度にメニューを拝見する。
見るからにパスタの種類が多いが、季節の料理もいくつか用意されているようだ。
「この店は生パスタがメインの店ですね。もう1店舗近くにあって、そっちはピザがメインやったはずですわ」
「夜はコースが数種類、魚はフリットとコンフィ、アクアパッツア、グリルと……」
「肉は鶏に合鴨、豚、牛肉……」
「まあ、その種類は普通だよなあ」
ジビエが流行っているせいもあり、鹿肉や猪肉等を供する店も増えているが、安定供給されるものでもないので「本日のオススメ」のような形でしか扱っていないのだろう。
それは魚も同じようで、黒板に数種類の魚料理の名前が見える。
ビールを飲み終えても、俺と裏田君はメニューと睨めっこ。ミミルはドルチェメニューに釘付けだ。
頓て、アッサジーニの小皿がいくつか運ばれてくると、俺と裏田君は飲み物をサングリアに変えていた。
小皿に盛り付けられたプロシュートやブルスケッタ、野菜のマリネ等の料理が並んでいく。
「これ、なに?」
「コッパ・アッラ・ロマーナ……ローマ風の豚肉のテリーヌという料理だね。コラーゲンたっぷりで血管や肌にいい」
ゼラチン質の多い豚耳や豚舌、豚足などを香味野菜と共に煮たものを、冷やし固めたものだ。粒マスタードソースが添えられている。コッパというと豚の喉肉を使った生ハムのことも指すので「コッパ」とだけ呼ぶと勘違いされることがある。
ミミルにローマやテリーヌ、コラーゲンの意味を伝えながら様子を見る。
ミミルは左手に持ったフォークの先で透明なゼラチン質の部分を突いては、その感触を楽しんでいるようだ。
「あまり食べ物で遊んじゃいけないぞ」
「遊んでない。これは……かんさつ?」
一瞬、言い淀んだのは言葉を探したからだな。
語尾が上がったのは、正しい言葉を使えたかどうか心配なのだろう。
エルムヘイムの主な調理法等を聞いている限りは似た料理がありそうだが、使う食材がダンジョン産のドロップ品ということを思い出す。皮を煮れば作れるとは思うが、肉のブロックからゼラチン質を取り出すとなると難しいだろう。ミミルにとってゼリー以外で初めて見る透明な食べ物なのかも知れない。
「ああ、観察だな」
「うんうん」
裏田君も俺の言葉の意図を理解してくれているのか、調子を合わせてくれている。
いや、酒も入ってきたことだし少しだけお茶目な――地が出ているのかもしれない。この店に来る頃から少しテンションが上がっていた様子だし、そういうことなのだろう。
テーブルにはイワシのマリネ、シーフードのフリットにポルケッタなどが並ぶ。
「ミミル、これも食べるか?」
「ん。食べる。それ、なに?」
見た目は黄金色に揚がった衣を纏った直径三センチ程度の団子。表面に散った白い粉はこの店だとペコリーノ・ロマーノだろう。
取り皿に一つを載せて、ミミルへと差し出す。
「アランチーネ……味をつけた米で具を包み、衣をつけて揚げたものだよ。中は熱いからひと口で食べない方がいい」
「……ん」
ミミルは少し息を吹きかけて表面を冷まし、アランチーネに齧り付いた。
口元から溶けたチーズが糸を引いてどんどん伸びていく。
そうそう、ローマではスプリの糸電話って呼ぶんだよなあ。
【用語集】
アンティパスト(Antipasto):
[伊]前菜のこと
アンティパストミスト(Antipasto Misto):
[伊]前菜の盛り合わせ
アッサジーニ(Assaggini):
[伊]味見用の小皿料理。Assaggoは試食、味見やテイスティングを意味する単語。nが付くことで「小さい試食」という意味になり、iが付くことで複数形になっている。
コンフィ(confi):
[仏]低温の油脂でじっくりと煮込んだ料理。
ポルケッタ(Porchetta):
[伊]豚肉料理。詰め物をしてオーブンでローストする。フィレンツェ発祥の料理で、フィレンツェでは豚を丸ごと買って作る。前菜としてだけでなく、パニーニの具としてもよく使われている。
アランチーニ(Arancini):
[伊]シチリア、ナポリ地方の名物料理。
シチリアではアランチーネ(Arancine)と呼び、挽肉のラグーを詰め込んだり、モツァレラチーズを具として包みます。そのため、直径十センチくらいになります。
ナポリのものは四センチくらいで詰め物はしません。小さいものを沢山出すのでアランチーニ(Arancini)と呼ばれます。
ローマにはスプリ(Supplì)という名のライスコロッケがあります。中にモツァレラチーズを入れます。 中央で割って引っ張った姿が糸電話のようだから、Suppli al telefono と呼ばれます。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。