第279話
甘いものを食べたせいか、裏田君は疲れた様子を見せることもなく様々な質問を俺に投げかけてきた。
ただ、質問されれば答えるというのを繰り返していたが、永遠に続くような気がしてくる。
「ちょっと待ってくれ、少し整理して説明するよ」
「ああ、そうですね。思うたことをバラバラに質問してるさかい、発散してるちゅうか、まとまりがありませんね」
質問の内容がミミルのこと、ダンジョンのこと、スキルや魔法のこと……方向性がないので、何を説明して何を説明できていないのかがわからなくなってくる。
先ず、1週間ほど前にミミルが奥庭に穴を開けたこと。
ミミルの年齢を聞いて驚き、実際にダンジョンに連れて行ってもらったこと。
ダンジョン内は魔素に溢れていること。その魔素から生まれた生物が魔物で、死ぬと魔石と肉や皮などをドロップして魔素へと還っていくこと。
俺の場合、最初に出会ったホルカミンという魔物に止めを刺し。倒したこと。
魔物を倒すことにより3つの変化が起こること。
1つ目が、ダンジョンの加護を得ることで、加護は人により授かるものが違うこと。
俺の場合は「波操作」という加護だったこと。
2つ目は、体に魔素が取り込まれ、ダンジョンに適した身体へと最適化されること。
ミミルのように幼い頃に魔物を倒すと、そのままの年齢で成長がとまること。一定の年齢を過ぎてから魔物を倒すと、ダンジョンに最適化された身体へと変わり、身体能力が向上し、不老になること。
3つめは、身体に取り込んだ魔素を魔力に変換して蓄積できるようになり、魔法が使えるようになること。
スキルや魔法は習熟度を基にランク付けされていること。
柔道の段位のように実力がつけばランクがあがるのだが、魔法や技を沢山身につけたからスキルランクが上がるわけではないこと。
魔素とは何か、ダンジョンの構造はどうなっているかなども含め、俺が説明し終えた頃には一時間ほど過ぎていた。
「ダンジョンの内部はさっき見てもらったとおりだ。広々とした場所で、魔物が存在する」
「もう一度確認しますけど、小説のように魔物が溢れたりするとかいう心配はあらへん……でええんですよね?」
「うん、そもそも魔物には階層移動ができないから心配ないとミミルは言っている。それに、もし地球上に溢れ出てきても魔素へと還ってしまうらしい」
「それ聞いて安心しましたわ……」
裏田君がほっと息を吐く。
ダンジョンから魔物が出てくるなんてことがあれば、ここで働くなんて気にはなれないだろう。安堵する気持ちも解る。
ひと通り説明は終わったと思うが、まだ伝えていないことがあるだろうか……。
最初に裏田君から訊ねられるまま回答していた内容に重なることも説明したが、それ以上に幅広いことも説明できたと思う。
まあ、エルムヘイムで標準的に使われているのが北欧で使われていたというルーン文字で、言葉も北欧の古い言葉であろうことなどはまだ話していない。
今後、裏田君が必要になる情報とは思えないが、必要となれば話せばいいことだろう。
「ほんで、オーナーはどないしはりますのん」
少しぼんやりとした表情で裏田君は宙を見上げ、呟いた。
「どないとは?」
「このままダンジョンの攻略と店、両方続けはるんですよね?」
「そのつもりだよ」
「……とうぜん」
裏田君の隣に座り、ミミルがポツリと呟いて数回頷いている。
俺にはダンジョンへ挑み、ダンジョンの謎を解き明かしたいという目標がある。
「さっきの話やと、オーナーもミミルちゃんも歳をとることがのうなるんですよね?」
「そうだな……」
「いまから2年とか3年とかやったらええんやけど、20年、30年と店を続けてたら、全然老けることがないオーナーと、いまのまま全く変わらないミミルちゃんのこと、絶対に噂になると思うんです」
裏田君の言うとおりだ。
いまから百年後、136歳の爺さんが見た目は39歳のままで元気に暮らしているというのは、普通の人にとっては異様な光景だろう。
だが、いまの俺にはそれに対する良い案が浮かばない。
「そこは今後の課題だよな。まあ、最終的には穴を埋めて、俺とミミルだけダンジョンの中で暮らすしかないかな……」
「それはそれで……」
途中で言い淀むと、裏田君は眉尻を下げ、とても沈痛な面持ちをみせる。そんな決断をせざるを得ない俺に対してとても不憫に思ってくれているのだと思う。
逆にミミルは何だか嬉しそうだ。笑顔ではないが瞳がキラキラと輝いて見える。
〝伴侶〟として共に生きることを約束したのだから、俺の「一緒に暮らす」という返事は、「約束を守る」という強い意思表示としてミミルに届いたのだろう。
だが、言って気が付いたことがある。
――ダンジョンの穴を埋めてしまうことはできるのか?
店の奥庭にできたダンジョンは、ミミルが出口を固定してしまっている。だから、入口を動かすことができても、出口はそのまま残ってしまう。
いまの話は「ダンジョンの出入口を埋めることができる」という前提に則ったものだ。しかし、埋められるかどうかは俺にはわからない。
これはミミルに確認だな……。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。