第278話
まずはケーキを食べる前にカプチーノに口をつける。
フォームドミルクの一部が素早くスプーンで掬い取ったように消えて失せた。研ぎ澄まされた包丁で刺身を切れば角の立った切断面になるが、このフォームドミルクも鋭角な断面が残っている。
スチームで薄くならず、とても肌理細かい泡ができた証拠だ。
「裏田君は作る機会はあまりないと思うが、フォームドミルクはこれくらい肌理が細かいものを作るようにして欲しいんだけど、いいかな?」
裏田君が俺の持つカップを覗き込むと、とても感心したように溜息を吐く。
「これは……えらい難しそうですやん」
「まあ、コツさえ覚えたらすぐだから。それよりも加護と技能のことだったよな」
「ええ、技能って……スキルのことです?」
少し前のめり気味に裏田君が訊いてくる。
魔法については特に興味がなさそうだった……というより、呆気に取られていたと言う方が正しいのかな。
「英語で言えばスキルだな。ミミルは日本語はある程度わかるんだが、外来語は殆どダメだから技能と言っているだけだよ」
「なるほどなるほど……。で、どんなスキルがあるんです?」
「えっと……」
ミミルから聞いている話だと、身に着けている技能を5つの段階に分けて評価しているということだったはず。
「……みにつけたぎのう、ひょうかする」
フルーツタルトの底、角になって最も硬い部分と格闘しながらミミルが答えてくれた。
ただ、少し情報が足りていない。
「俺たちなら包丁の扱いや、料理について積み重ねたスキルがあるだろう?」
「ええ、まだまだ修行しなあかんとは思てますけど……」
「それと同じで、基本は練習して身につけるものなんだよ。まあ、特殊な方法で身につけるものもあるみたいだけどな……」
魔法にしろ、武器を使った戦闘スキルといえるものは練習を重ねて身につけてきている。
俺の知る限り唯一違うのは空間魔法だ。技能ランクはⅠなので、「覚えるきっかけを得た」という程度のものだと思っている。
「え、縮地とか、壁走りとか、旋風脚とか……一発で覚えられるんとちゃいますのん?」
「違う違う、そういう個別のスキルじゃなくて、剣術なら剣術というスキルがあって、その習熟度に応じたランクがあるだけだ」
「えっと、空手や柔道の段位みたいなもんですか?」
「実技テストがあるわけじゃないが、近い感じではあるかな?」
柔道を例にしてみると、技をすべて覚えているわけでなくても実力があれば段位は上がる。それだけ強さが認められる……という意味では近いと思う。
少し自信がない感じでチラリとミミルへと目を向ける。
俺の認識で合っているか確認したいという気持ちがそうさせたのだが、残念なことにミミルは食べるのに必死だ。指先で動かないように押さえ、フォークを突き刺そうとしているので指先がベタベタになっている。
「ほんなら、魔法はどうですのん?」
「魔法も同じだよ。風や土、水、火などの属性別に習熟度に応じたランク分けがされる」
「へえ……ほな、さっきのミミルちゃんのは?」
「あれは特殊なスキルなんだ。時間が止まった異空間にモノを収納できるらしい」
なんだか、裏田君が「教えて君」になってきた気がする。
とはいえ、俺やミミルが何もかも話しても良いかと言うと違うだろう。とても大切なことを話しても、あまりに裏田君にとって現実離れした内容は信じてもらえない可能性もある。
「それって、ネット小説とかアニメに出てくる容量無限で時間停止もあるインベントリとかいうやつですよね?」
「ん、ああ、そうかも知れないな」
インベントリとは英語で「在庫」を意味する名詞。実際に在庫一覧になったものなどを指す。
ゲームの世界では目の前にリスト化されるのでインベントリで合うかもしれないが、実際にモノを出し入れしたことがないので持ち物リストの有無は知らないが、俺には「空間収納」と呼ぶ方がなぜかしっくりくる。
「まあ、俺は空間収納って呼んでるけどね」
「オーナーは覚えてないんですか?」
「ああ、うん……なかなか難しいんだ」
「へえ……」
実際は覚えようとして身につけるスキルではないのだが、ダンジョン内の魔物の説明までしていたらいくら時間があっても足りない。だから、スキルを身につける方法まで説明しない。
ふと目をミミルに向けると、またケーキの箱を空間収納から取り出している。
「ミミル、暫くしたら外の店に3人で食べに行くから、もうやめたほうがいいぞ」
「だいじょうぶ。ミミル、太らない」
「そうじゃなくて、お腹がいっぱいで晩めしを食べられなくなるぞってことだよ」
「……むぅ」
唇を尖らせ、ミミルは残念そうに取り出したケーキの箱を仕舞う。
「そういえば、オーナーが痩せはったんは、ダンジョンのせいちゅうことでええんですか?」
「うん。魔物を倒すと身体がダンジョンに最適化されるらしい」
「なるほどお、アラサーくらいに戻るちゅうことですね」
36歳からアラサーと言われても大した差ではないと思うが、裏田君にはいくつに見えているんだろう。
この物語はフィクションであり、実在の人物・地名・団体等とは一切関係ありません。