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第277話

 空間収納から急にケーキが入った箱を取り出したミミルに対し、俺は釘を刺す。


「ミミル、まだ加護や技能のことについては話していないんだから控えてくれよ……」


 両腕を組み、呆れた口調でミミルに語りかける。

 一方のミミルは何処吹く風だ。


「せめてミミルがダンジョンの中からやってきたってことを話した相手だけにしてくれよ?」

「――とうぜん」


 ミミルは「そんなことは百も承知だ」と言わんばかりのでかい態度で俺をあしらうと、どのケーキから食べようかと見比べている。


「ちょ、ちょっと待ってください。技能ってなんです?」


 俺とミミルの会話を少し呆然とした様子で聞いていた裏田君が我に返り、慌てた様子で俺に説明を求めてきた。

 ダンジョンの存在と、ミミルがダンジョンからやってきたことは話してある。実際にダンジョン内に入ってミミルが魔法でホルカミンを倒すところを見てもらっているし、人間が魔物を倒すとミミルのように長命な存在になることも教えてある。

 しかし、加護と技能のことについてはちゃんと説明していなかった。あまり多くのことを伝えることで裏田君がパンクするかも知れないと判断したからだ。


「あれもこれもと話したら、疲れないか?」

「確かに疲れますわ……」


 少々精彩を欠いた表情で裏田君が愛想笑いをみせる。

 頭が疲れたときには甘いものがいいというが……例によって俺は特にそんなものを持っていない。


「ミミル、悪いけど俺の分のケーキを出してくれないか?」

「いや」


 即答だなあ、おい。


 10個のケーキが並んでいるが、これはミミルが食べる分として買った10個。他に俺が調べ物などをして疲れたときに食べられるようにと買った4個があるはずだ。

 ミミルの分として買ったのは、イチゴショートに該当するケーキを3店舗、3種類で3個。チーズケーキを同じく3種類で3個。あとはフルーツたっぷりのタルトを2種と、ザッハトルテ、フォンダン・オ・ショコラの計10個だ。

 それ以外に俺が食べられるようにと買ったのが4つ……アイアシュッケ、ドボシュトルタ、アップルシュトゥルーデルにトプフェンシュトュルーデル。店では置かないドイツ・オーストリア系の洋菓子だ。

 なぜドイツ・オーストリア系なのかというと、単に珍しいからだ。


「何もミミルのケーキを食べるとは言ってないだろう?」

「むぅ……」


 とても不満げな顔をしているミミルだが、俺が食べる分のケーキも独り占めしようと思っていたんじゃないだろうな……。


 とりあえずケーキ皿を3枚取り出してカウンターの上に並べ、そこに1本ずつケーキフォークを置いていく。


「ほら、ミミルの分も皿の上に載せて食べるんだぞ」


 不承不承といった空気を纏い、ミミルが俺のケーキを空間収納から取り出す。

 俺はミミルに礼を述べ、ケーキを取り出しながら裏田君に説明を始める。


「裏田君、これは空間収納のスキル――ミミルはまだ英語はわからないので、さっきは技能と言ったんだ。時間停止した空間にモノを仕舞うことができる」

「へえ、まるでゲームのインベントリのような感じですねえ」

「言われてみればそうだな……」


 ミミルが取り出したケーキの箱を裏田君に開いてみせ、目線で食べたいものを選ぶように促す。


「ええんですか?」

「ああ、甘いものでも食べて頭を休めてもらわないとな……」

「ほな、これで」


 裏田君が指さしたのは、ドボストルテ。

 薄いスポンジケーキの間にモカ・チョコレートクリームを塗って7層まで重ね、一番上のスポンジをカラメルで覆って仕上げたものだ。

 淡い黄色のスポンジに、褐色のモカ・チョコレートクリームの縞模様がきれいな菓子だ。


 一方、俺が選んだのはアイアシュッケ。

 ドイツのお菓子のはずだ。確か……〝(まだら)の卵〟という意味だったと思う。最下層にクッキー生地やサブレを敷いて、その上にラムレーズンが入ったクリームチーズ、バターとカスタードの記事を重ね、一番上にそぼろ状のクッキー生地を重ねて焼き上げたものだ。

 ベイクドチーズケーキとは一線を画す美味さがある。


 それぞれ皿に載せ、ドボストルタを裏田君に差し出す。


 ミミルは悩んだ挙句、フルーツたっぷりのタルトを選んだようだ。俺が箱から取り出す際にケーキ皿を差し出すと、受け取ってタルトをその上に置いた。


「いただきますっ」


 裏田君が声を出すと、ミミルが慌てて真似をして小さく「いただきます」と声を出した。

 2人の微笑ましい様子を見て、自分とミミルが過ごした数日間を似たようなものなのだろうと思うとつい笑みが漏れる。


「……しょーへい、へんなやつ」


 もう慣れてしまったのか、ミミルの「変なやつ」認定に否定する気も起らない。

 一方、ミミルの目にも怪訝な雰囲気は一切ない。ただ単に俺を揶揄(からか)っているのだと思う。


「なんや、思春期の娘を抱えた父親みたいに見えてきましたで」


 俺たちの様子を見ていた裏田君がぼそりと呟いた。

 ミミルの「変なやつ」発言など気にしていないつもりだが、少し表情に出ていたかな?


アイアシュッケはドイツのドレスデン地方のお菓子。大人な味のするベイクドチーズケーキです。


シュトゥルーデルはオーストリア=ハンガリー帝国に属した国(オーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア等)全般で食べられるお菓子で、薄く広げたパイ生地に具を包んで焼いたものです。

イタリア北部地方でも一般的なお菓子として食べられています。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。



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