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第276話

今週は連休なので 月木金土日 の5回更新です。

 荷物を受け取り、裏田君とミミルが待つ客席へと向かう。受け取った荷物は持ったままだ。


「あ、それ買うたんですか?」

「それなに?」


 裏田君に相談の電話をしたときはデパートで商品の実物を見ていたときだ。そのときは「急ぐ必要はない」と判断して諦めた。

 買うことにした理由くらいは話しておく必要があるだろう。


「これは低温で調理するための機械だよ。前に話しただろう?」


 最初に視線をミミルに向けて荷物の説明をすると、ミミルは一瞬視線を宙に漂わせ、すぐに何かに気づいたかのように目を丸くした。

 小さく頷くミミルを横目に、俺は裏田君へ話しかける。


「ダンジョンの中の肉が驚くほど美味いんだけど、鹿に似た肉質とかだと低温調理がいいかと思ってね。思い切って買ったんだ」

「ああ、なるほどお」


 値段はそれなりにするが、例えばローストビーフのようなものを作るのに便利だし、プリンやフルーツのコンポートを作る際にも使うことができる。

 24時間加熱する料理などもあるので、1台じゃ足りないような気もするが、必要なら買えばいいだろう。


「それ、店で使うてもええですか?」

「お、早速アイデアが湧いてきた感じか――問題ないけど、何に使うんだい?」

「温泉卵を作るのに便利やし、コンフィとかにもええんとちゃいます?」


 コンフィはフランス料理の技法。

 元々は砂糖を使って果物を長期保存するための料理法で、調理した果物はサラリとした液体と形を保った砂糖煮――コンフィチュールになる。

 その調理法をガチョウやアヒル、豚肉などを油脂を使って低温で煮る方法にも用いられるようになった。

 フランス料理の技法ではあるが、ガチョウのコンフィはバスク地方の郷土料理でもある。


「夜のメニューに良いかもしれないな。豚肉のリエットにも使えそうだ」


 リエットとは、「豚の塊」というフランス語。

 豚肉の塊をコンフィと同様に低温の油脂で煮て、ペーストにしたものなのだが、今では魚なんかでもその名が用いられる料理法だ。


「前菜にええですやん」

「まあ、田舎風のパテや自家製のロースハム、フリッタータなんかは用意するつもりでいたからなあ」


 料理のことで盛り上がる俺と裏田君の会話を不思議そうにミミルは聞いている。

 こうして話をしているうちにエスプレッソマシンのボイラーが十分な温度に上がってきたようだ。


「そろそろいいと思うぞ」

「あ、はい。オーナーは何にしはります?」

「ああ……俺も練習したいから自分でやるよ。先にミミルのラテから作ってやってくれ」

「はい、わかりました」


 裏田君がピッチャーに牛乳を入れ、スチームノズルを奥まで入れて蒸気で温め始める。


 単にノズルを入れて蒸気の熱でミルクを温めたものをスチームドミルク、ノズルの位置を調整して泡を作ったものをフォームドミルクと呼ぶ。


 エスプレッソとスチームドミルクで作ったものがカフェ・ラテ。エスプレッソにスチームドミルクとフォームドミルクを入れたものがカプチーノだ。


 裏田くんが1杯目のカフェ・ラテを作り、それをミミルへと差し出す。

 ミミルは事前に用意されていた砂糖をたっぷりと入れ、ティースプーンで中身を混ぜ合わせる。

 たまに甘そうなものを見ると俺は背筋がゾクッとすることがあるんだが、正にいまその状態だ。


 その頃には裏田君のカフェ・ラテも出来上がっていた。


 裏田君と交代するようにカウンターの中に入った俺は、エスプレッソマシンの前に立って先ずスチームノズル空吹かしする。シュバッという音とともに、蒸気が吹き出した。


「おおーっ」


 ミミルが声を上げる。

 こんなに蒸気が噴き出す機械だと思っていなかったのかもな。

 空吹かしをするとノズル内への逆流を防ぐことができるのだが、前回は深夜というのもあって音を立てないようにという心理が働いていたせいもあって忘れていた。案外、それが原因で失敗したのかもと今更になって考えた。


 ノズルの先端をピッチャーの中の牛乳に浸け、レバーを引いて一気に蒸気を吹き出させる。空気が中で対流するよう左右にピッチャーを動かしてフォームドミルクを作っていく。

 あまり時間を掛けると水蒸気でミルクが薄くなってしまうのが難しいところだ。

 カップの中にエスプレッソを抽出し、最後にできあがったフォームドミルクを入れて出来上がりだ。

 なかなか上手くできたと思う。


「上手いことできました?」


 無意識のうちに満足そうな表情をしていたのだろうか。

 裏田君が声をかけてきた。


「ああ、毎回同じクオリティで作れないと駄目だけどな」


 見た目は百点といった感じのシンプルカプチーノだ。これで表面にハート型を描いてみたり、リーフ模様を描いたりするのは……客席担当になる田中君に任せればいいだろう。


「しょーへい、おさら」


 声がしたミミルの方へと目を向けると、カウンターの上にケーキの箱を取り出していた。


「うおっ!」


 どこからともなく現れたケーキの箱を見て裏田君が驚きの声を上げる。

 裏田君にはミミルが異世界人だと明かしているが、まだ話していない能力をいきなり使うのはちょっとなあ……。


バスクチーズケーキでちょっと有名になったバスク地方。

ピレネー山脈を挟んでフランス側、スペイン側の両方にあります。


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。


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