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第272話

 調理を始めて20分と少々、昼食の準備が出来上がった。

 ミミルとダンジョンの説明に20分、ダンジョン見学に30分ほどかけたせいもあり、時間は十四時を過ぎてしまっている。

 だが空腹は最高の調味料とも言うし、待った甲斐はあるはずだ。


 まずは裏田君が作ったサラダ。シンプルなツナサラダというやつだ。そして、俺が作ったアンチョビポテト。刻んだパセリを散らしてある。


 3人揃って「いただきます」と声を上げ、各々が食べたいものへと手を伸ばす。

 基本的に葉野菜に興味がないミミルはアンチョビポテトから。俺と裏田君はツナサラダから手をのばす。

 

 透けて見えるほど薄くスライスされたタマネギは水に晒さなくても辛味はかなり消えている。盛り付ける直前に混ぜ合わせた醤油風味のドレッシングとツナの油がタマネギの表面をコーティングしているのもあるだろう。レタスも洗ってから手で千切っていた分、歯ごたえが良くて味もいい。


 次はアンチョビポテトだ。

 蒸したジャガイモを少し潰してマヨネーズと和えたので、潰していないジャガイモにねっとりと絡んでいる。

 ニンニクの香りと発酵したアンチョビの香りがフワリと漂い、僅かにマヨネーズの香りがその二つの風味を追いかけてくる。歯で軽く噛めばジャガイモが崩れ、ねっとりとしたマヨネーズと共に口の中でサラサラと溶ける。最後にマヨネーズの酸味がニンニクとアンチョビの旨味を包み込む。

 ちょっとワイン飲みたくなるな……。


 最後は裏田君が作ったカッチョ・エ・ペペ(cacio é pepe)。

 単に混ぜ合わせただけではなく、上から削ったチーズを振りかけ、その上に粗挽きの黒胡椒を散らしてある。


「ペコリーノ・ロマーノか」

「そうですよ」


 ペコリーノとは羊を使ったチーズのこと。ロマーノはローマ近辺……ラツィオ州とサルディーニャ州で作られるチーズのことだ。羊乳特有の匂いがある。

 くるくると巻き取ったスパゲティを口元に移動させ、ミミルは鼻先をヒクヒクと動かしながら匂いを嗅ぐ。


「……くさい」


 眉尻を下げ、困ったような顔をしてミミルが呟いた。

 思った通り、ミミルには刺激が強すぎたようだ。


「口に入れればそうでもないぞ。甘みがあって美味しいはずだ」


 ミミルが見えるようにフォークに巻いたスパゲティを口の中に入れてみせる。


 独特の風味があるが、甘いバターの香りと荒挽き黒胡椒の爽やかな樹皮のような香りが混ざると気にならない。

 羊乳の甘みと旨味が口いっぱいに広がり、最後はヨーグルトやバターの後味を残して消えていく。


 慣れるとこの塩気の強さ、羊乳の甘さ、旨味が癖になるんだ。


「うん、美味しいぞ。食べてみろよ」


 ミミルに口の中へ入れるよう、促してみる。


「はよ食べな、スパゲティが固まんで」


 恐らく多くの店がメニューに載せない理由は裏田君が言ったことにある。冷めると麺の表面が乾きやすく、溶けていたチーズが固まり団子になるので食べ(にく)いのだ。

 これを防ぐ方法は(わざ)と少なめのお湯で茹で、とろみのついた茹で汁とたっぷりのバターでソースを作ること。

 だが、賄いにそこまでのことを求める必要はない。


 ミミルは慌てて右手のフォークの先に巻かれたスパゲティを口の中へと押し込む。

 ひと噛み、ふた噛みと顎が動くたびに不安そうな表情は消え去り、幸せそうなものへと変わっていく。


「美味いだろう?」

「……ん、おいしい」


 イタリアでは臭い足の匂いを例えるのに名前がでるチーズだが、やはり口の中に入れてしまえば匂いもそんなに気にならない。


 再びフォークでスパゲティをくるくると巻き始めたミミルを見ながらメニューのことを考える。


 ペコリーノ・ロマーノはローマ近郊を発祥とするパスタソースの正統なレシピ――カルボナーラやアマトリチャーナに使われる。

 日本では匂いが強いのでパルミジャーノ・レッジャーノを半分ほど混ぜて使うことが多いのだが……。


「カルボナーラを出すなら、チーズを選べるようにするとどうだろう?」

「それ、ええかも知れませんね。パルミジャーノ・レッジャーノだけ、ペコリーノ・ロマーノだけ、半々の三種類」

「ランチメニューは仕込みのことを考えると乾麺にする。夜は生パスタにするが、そこでチーズまで選べたら楽しそうだよな」


 実際のところ、パルミジャーノ・レッジャーノの値段はペコリーノ・ロマーノよりも高い。ペコリーノ・ロマーノの値段に追加料金で対応でいいだろう。


「まだ決めていないことも多いから、そこはたっぷり相談させてもらいたいんだが」

「料理のことは挨拶回りがてら、夕方から近所の店を見て回りません?」


 俺もそれは考えていた。これまではミミルがいるので出来なかったが、絶対にやらないといけない。

 イタリア料理ならアンティパスト、プリモ、セコンド。それぞれに何種類くらいの料理を用意しているかくらいは参考にさせてもらわないといけないだろう。


 じゃあ、それまではミミルのことを相談させてもらうことにしようかな。


ぺコーラとはイタリア語で雌羊のこと。その乳を使ってローマ近郊(ラツィオ州)で作られていたチーズがペコリーノ・ロマーノ。イタリア最古のチーズともいわれています。

最近では某サイ〇リアでも食べられるのでご存じの方も多いでしょうね。

羊乳独特の風味があり、苦手な方もいらっしゃいます。

カルボナーラやアマトリチャーナも元々ローマで生まれた料理。本来はこのペコリーノ・ロマーノで作るのが正統なレシピだそうです。

そして、茹でた空豆とペコリーノ・ロマーノの組み合わせはローマっ子の大好物。春の楽しみでもあります。

(他にも大好物はいっぱいありますけどね……笑)


挿絵(By みてみん)


参考までに cacio e pepe です


この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

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